非公式記録:クロエとゼラ

序文:とある依頼の受領

 ある日。

 クロエとゼラのコンビは、国際戦争管理機関から送られてきた依頼に従い、愛機のMFモビルフレームを積んだ専用の輸送車両に乗って、政治体不干渉地域の一つである「アバンドン・エリア」の近郊を訪れていた。

「あそこかぁ……」

 その地域の境界線ぎりぎりに存在している森の中で、休憩と、機体の最終整備のために輸送車両が停まる。

「さぁて、と……」

 そして、その後方に積んでいるMFの肩パーツに座っていたクロエが、持ってきていた双眼鏡を向けた。

 その見える範囲には特に不穏な空気は無く、むしろ穏やかな自然が広がっている。森こそないが、何処までも広がる草原に疎らに生えている木々。草に覆われた丘陵地帯。そのような景色が。

「事前に聞いていたイメージと違うなぁ。もっとこう、廃墟だらけで荒れていると思ってたんだけど」

 髪を揺らす爽やかな風を受けながら、クロエが正直な感想を口にする。

「はい。試作兵器や、私達のようなCCs創られた子ども達のプロトタイプを使った実験場と言う印象とは随分と、かけ離れていますね」

 その後方でノートパソコンを弄っているゼラも、無表情で同じような感想を口にした。

 彼女のパソコンのモニターには、電子情報として処理された依頼書と、その横に並べるように、幾つかの衛星写真が表示されている。その何れにも破壊された建物や、廃棄されたとみられるMLの残骸が写っていた。

「ま、依頼者がきな臭いから、あの丘陵地帯の向こう側に何かあるのは間違いないね。むしろ丘を越えた瞬間にディストピアが目の前に……みたいな?」

 ふふっとクロエが笑う。

「不吉ですが、その可能性も否定できませんね。何があっても良いよう輸送車両ごと持って来ましたし、十分に準備を整えてから行きましょうか」

「そうだね。ところで、ゼラはさっきから何を見てるの?」

 双眼鏡を外し、隣にあるパソコンのモニターに目を向ける。

「何という事もありませんが、依頼文の内容を確認していました。読めば読むほど、きな臭いなと」

「まあ、依頼主があの“総帥”だもんね。気にするなって言うのが無理な話だよね」

 苦笑を浮かべているゼラの隣で、クロエも同じような苦笑を浮かべた。

「国際戦争管理機関の、兵器管理部門の長。軍需産業コングロマリット『レックス・テクニカ』の元代表取締役。ゆえについた仇名が“総帥”……」

「何を企んでいるやら、だね。まあ興味深い物が見られそうだから別に良いけどさ。あの“殲滅者ヘルンヴォータ”のレプリカ計画以上のものが見られるかもだし」

「正直な事を言えば、余り関わり合いになりたくない手合いですけども……」

 二人が、モニターの情報を見ながら思い思いの考えを口にしていると、輸送車両の運転席から、軍服に身を包んだ一人の少年が顔を出した。

「クロエ様、ゼラ様。輸送車両の最終整備が終わりました。いつでも出発できます」

 その少年は、その幼さの残る顔立ちに真剣な色を帯びさせながら報告を上げる。

「はいはーい。それじゃあ、鬼が出るか蛇が出るか、見に行くとしますか!」

 クロエは少年の声にそう答えると、MFの各部パーツを足場にトントンと飛び降りていく。

「ええ、行きましょうか」

 ゼラもパソコンを閉じ、それを大事に抱えた状態で、MFの側面に付けられたタラップを降りていく。


 その後、二人は少年と共に席に戻ると、再び領域内へと向けて輸送車両を走らせるのだった。未知の何かが待ち受けているかどうかに、思いを馳せながら。

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