お月見


 さて、月見です……

 劉家の月餅は、北京あたりの堅めの餡を使った月餅です。

 実は志玲さんも、この月餅を作ってみたのです。

 努力して見栄えは多少悪いのですが、何とか一つ作ったのでした。


「私、作ってみたの……」と志玲さん。


 芙蓉さんが、「何を?」と聞くので、「月餅を作ってみたの……」といって、月餅らしき物を差し出しました。


 ……


 月娘さんが、

「一人で作ったの?」


「はい……でも……美味しくないかも……」と志玲さん。


 確かに食べられなくはないような……作り損ねた月餅……が、そこにあります。


 芙蓉さんが、

「やはり姉妹なのね、実は私も作ってみたの……でも、難しくて……志玲が出したから、私も出すわ……笑わないでね……」


 芙蓉さんが、カバンから問題の月餅を取り出しました。

 芙蓉さんの月餅は、何故かとても小さく見るからに堅そうで、丸い乾パンと呼べそうな代物でした。


 月娘さんが、

「私の娘は月餅も作れないのかしら……」

 と嘆息(たんそく)しました。


 老人が、

「月娘、お前、ちゃんとした月餅を作っているか?」


 月娘さんが、

「勿論よ、この間からお父様が、月餅月餅とうるさかったですもの、ここにありますよ」


「そうか……これでお客様に出せる……」と老人。


 月娘さんが、

「お客様?どなたか来られるの?そんなこと、一言もおっしゃらなかったけど?」


 老人が、

「実はもうすぐ来られると思う、時間に正確な方だから、確か九時のお約束だったが……」


 ちょうど時計が九時を指していました。


 テラスに海風が静かに吹き、屋上庭園の植物が微かに揺れます。

 人影が浮かび上がりました。


「ご招待下さり、ありがとうございます、のこのことやってまいりました」

 その人物はそういいました……


 夜空に浮かぶ中秋の名月の下、ほのかに照らされたのは女神とも思える女性、風が優しくその黒髪にまといついています。


「ミコ様、お待ちしておりました、どうぞこちらに」

 老人は恭しくいいました。


 ミコ様が立っていました。


 老人が、

「我が家の月餅でもいかがですか?」


 ミコ様は、

「月餅はご家族で食するものでしょう、私が入っていいのですか?」


 志玲さんが、

「歓迎いたします!一緒に食べていただけるなんて光栄です!」


 老人は志玲さんの、こんな大きな声を始めて聞きました。

 芙蓉さんの無意識の媚も初めて見ました。


 老人は月娘と二人で苦笑してしまいました。


「私、お菓子は好きなのです、遠慮なくいただきますよ」

 ミコ様はおいしそうに、切り分けられた月娘の月餅を食べていましたが、ふと、芙蓉さんと志玲さんの月餅に目を留めます。


 月娘さんが、

「お恥ずかしいものを……芙蓉と志玲が作ったのですが、ご覧のような物となりました」

 ミコ様は、

「芙蓉さんと志玲さんが?それは食べてみたいですね」


「ミコ様!」と月娘さんが止めようとします。


 芙蓉さんと志玲さんは、穴があったら入りたい心境です。

 委細構わず、ミコ様は自ら切り分けてパクパクと食べています。


 老人も食べてみましたが、芙蓉さんの物は見てくれ通り、固くて食べられません。

 手で割って、長々と口の中で噛む必要がありました。

 志玲さんのは苦い、それだけの味でした。


 老人が見ていると、ミコ様は芙蓉さんの物は、白牡丹という白茶とともに食べ、志玲さんの物は冬瓜茶(とうがんちゃ)――冬瓜に砂糖などで煮込んだ飲み物を――をお供に食べていました。


 月娘さんが真似して食べていましたが、

「ミコ様のように、飲み物を選べば食べられないことは無いけど……美味しいとは言い難いわね……」

 と感想を漏らしていました。


 事実はとてもまずい……食べられない、食べたくない、そんな代物です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る