第3話:大森林の小さな家②

 「……イズーナさんて神様ですよね? いちおう役目だってあるんでしょ」

 「うん、そうだよ?」

 「じゃあ何で私ん家に入り浸ってるんですか! ちゃんとお仕事しないと上の人に叱られますよっ」

 「平気平気、森の中のことならどこにいても大体わかるから! 『命の林檎』だけは天界の果樹園だけど、ワタシと一心同体だから何かあればすぐ伝わるし」

 「…………そーですか」

 いたって気楽に問題なし、と断言されてしまい、がっくり肩を落とすティナである。何だろう、妙にむなしい。

 しかし、森のことならわかるというのは本当だ。なにせ昨日、日が落ちかかる頃に『迷子になっている子供がいる』といち早く察知したのは、他ならぬ彼女だったのだから。

 「そういやあの子、あれからどうですか。妹さんの容態も気になるんだけど」

 「大丈夫、ちゃんと元気にしてるわ。妹はちょっと体力落ちてるけど、薬草がよく効いたみたい。あと何日か寝ていれば良くなると思う」

 「……そっか、よかった。そのうち使えるかもと思って、めずらしい薬草栽培してて正解でした」

 あの薬草は様々な用途に使えてよく効くが、惜しむらくは限られた土地でしか育たない。多くは森の奥の、人の手が入っていない清浄な所に自生している。ただちょっとした裏技があって、森の守り神が定めた霊域ならば場所がどこであっても問題なく育つのだ。イズーナに手伝ってもらい、ティナは家の裏手に作った菜園で野菜や薬草を育てているのだった。

 ほっと胸を撫で下ろした彼女に、女神が労るような眼差しを向ける。先ほどのあっけらかんとした調子はなりを潜めて、長く生きている存在が持つ慈しみがその目に宿っていた。

 「ティナってトラブルが大っ嫌いなのに、困ってるひとはほっとけないのよね。そういう優しいとこ、ワタシも好きよ。――でも、もう無茶はしないでね?」

 「……うん、解ってます」

 『ぴ』

 「大丈夫だって、もう車道に飛び出したりとかしないから。ね」

 神妙な顔つきで頷くと、肩に止まっていたルミがそっと擦りよってくる。それをよしよしと再びなでてやりつつ、ティナの脳裏に前世の記憶がよぎった。

 ――『千夏』の死因は、学校帰りの交通事故だった。

 下校中、車道に白くてふわふわしたものが転がっているのに気づいて目を凝らしたら、それがぱたっと翼を動かしたので小鳥だとわかった。幸いちょうど信号が変わって往来が途切れ、急いで駆け寄って拾い上げる。しかし、きびすを返そうとしたとき、信号を無視したトラックがわき道から飛び出してきて――

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