第24話

「なんと、さすがは八咫。で、どうで、どうでありましたか」

すり寄る天照に遠慮はない。

「そ、それが……」

 押されて烏も身をのけぞらせる。

「取り逃がす失態」

「ええい、役に立たぬ」

 たちまち離れゆく天照の動きこそ早く、烏もしゅん、とうなだれ切った。

「面目次第もございません。ですがもののけとはいえ八咫の翼を振り切り、火を吐き、虫を使うなど、荒ぶりはたかが鳩の魂を越えたもの。この件、さらに背後にいずかたの荒魂がついておると、八咫は身をもって確信した次第にございます」

 奮い立たせて申し上げる。すっかり背を向けていた天照だったが肩越しに、視線はそのとき投げられていた。

「それも、わたしに報告せねばらぬほど大きな力を持つ荒魂、ということですか」

「は。たとえ三輪山に神を祀ったとしても火と虫、異なるものを操る荒魂。放っておけばいずれ国造りへ支障をきたす存在になるのでは、と感じずにおれぬ気配でありました。鳩はそのつかわしめとして野へ警告を放っておるのではとご報告申し上げます」

 なるほど、と聞き入れた天照には思うところがあるようだ。

「見失ったことは八咫、一生の不覚。どうぞ芦原の野をお治めになられる天照大神におかれましては、お気を付けあそばされるよう」

 向けて烏はひとたび頭を垂れ、天照もまた静かにうなずき返す。

「よう、知らせてくれました。しかと覚えておきましょう。しかしあの地にそれほどまでの神はおらぬはず。いずかたに鎮まる神であろうか」

 その目を下界へと向けた。

「まったく。大国主がわたしの遣わした神を祀らないから厄介ごとばかり。おかげでまとまるものもまとまらず、わけのわからないものが次から次へと野を荒らし続けるありさま」

「いや、それは天照の神選に間違いが」

 などと、またもや余計ごとがもれたなら、気づいてはっ、と烏は息をのむ。だがもう遅い。案の定、天照は、む、と烏を睨み、返して烏は、うふ、と笑った。なんら伝わることがなかったなら黒はことのほか光の吸収率がよい色だ。天照の睨んだ羽からたちまち煙は細く立ちのぼっていた。

「おっ、おタワムれをっ」

 くすぶる火を、烏は血眼で叩き消す。

 目もくれず天照は、そんなこんなのうちに乾いた美容パックをピリリ、と剥がしていった。今一度、烏へ向きなおる。

「ともかく、何がなんでもこれ以上はなりません。八咫には引き続き木偶らが私の選んだ間違いのない神、を見つけるまでの旅の護りを頼みます。それからまた何かあれば報告を。頼りにしておりますよ、八咫」

 わたしの選んだ間違いのない神、にはやたらと力がこめられていたようにも思えたが、そうして投げる笑みこそパックの効果もあってツルリ、照る。浴びて烏は焦げた翼をたたみこんだ。姿勢を正せば黒はここぞで引き締まり、なおのこと深く天照へ頭を垂れる。

御意ギョイ。いずれもひそかに遂行しておめにかけます」

「うーん、またドキドキしてきましたよ。今夜はうまく眠れるかしら」

 明日は晴れだ。眺める天照の瞳はまたもやキラリと光りを放つのだった。


 辿れども山の奥へ奥へ延びる千曲チクマの道は、登ったかと思えば下りの繰り返しが続く難所といえた。そこに踏みしめ作った人の気配は残っていたが、里のあぜとはまるで違い石や木の根は突き出して、雲太らの歩みをこれでもかと妨げ続けている。その度に手を引き合い、越えてどうにか回りこんだ。片側が崖と切り立つ小道も、おっかなびっくりやり過ごす。

 おかげで道中、汗は絶えずにじむと三人の息は弾んで止まなかった。だが覆う緑は深く静かだ。立ち止まって吸い込めば、懐かしむ杉の小枝が体の芯でさわさわ音を立てる。気は巡ると雲太らの歩みを、止めることなく助けるのだった。

 お頭が見逃してやると言ったとおり、あれから山賊には出くわしていない。どこへ飛んで行ってしまったのか、鳩も見かけることはなくなっていた。

 山へ入ってから三日目の昼間、三人は茂る木立に囲われ右に山肌を、左に谷を置いて和二を真ん中に歩く。口からポリポリ音を鳴らすと、その手を和二の提げる袋の中へかわるがわる伸ばしていた。

「よく見れば、どことなくかわいい顔をしておったのですね」

 しみじみ言う京三の指先にあるのはイナゴだ。眺めてまたポイ、と口の中へ放り込む。むしゃむしゃ食う様にもう毛嫌いするそぶりはなかった。

「食ってしまえば、姿かたちなど関係ない。腹にたまればなんでも大歓迎というものだ」

 言って雲太も同じくイナゴを口へ投げ入れる。

 そう、ミノオ兄弟を食わせたせいで穀はあっという間に少なくなると、渡されたイナゴは雲太らの大事な食い物となっていたのだった。

「おいら、イナゴが大好物になったぞ」

 おっつけ和二も抱える包へ手を入れ頬張る。

「まさかこの中に御器かぶりはまじっておらんだろうな?」

 などと、いまさらいぶかる雲太は間が悪い、というものだろう。

「そのような冗談、金輪際、よしてください」

 京三は投げて返し、和二がたちまち声を上げていた。

「お、ほんとだぞ。混じっていたぞっ!」

 とたん、ぶ、と京三は食らっていたものを吹き出す。だが包みから抜き出した和二の手こそ、何も掴んではいなかった。

「嘘なのだ」

 キシシと笑って肩を揺らすその脳天へ、京三のヒジがグリグリねじ込まれたことは言うまでもない。様子に雲太は大笑いし、ぎゃあぎゃあ喚く和二へ京三の説教は甲高く始められた。

 と、和二を助けて光は眩いばかりと差しこんでくる。乾いた風もまたさわさわ、吹き抜けた。心地よさは格別で、モメていたことも忘れて三人はまさにきょとん、と顔を上げてゆく。

「すっ、すごいぞっ」

 御器かぶりなどどこへやらだ。

「これはまた……」

 たまげて京三も声を上ずらせ、雲太も見張った目を瞬かせると言っていた。

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