無機物少女(2-上)

一眠ネネム

2-00 つまりは、そういうわけで

「つまりは、そういうわけだ。僕は琉晴学園に向かう」

少年が、規則正しいリズムで部屋をのしのしと闊歩していた。

「坊っちゃん、家出などいけません。奥様が聞いたら何とおっしゃるか。おやめください」

雇われの家政婦が部屋中に散らされた私服を前に首を横に振るが、少年は聞く耳を持たず、はあ、と歩みの途中で大袈裟なため息をついただけだった。

「母さんは夏の間じゅう戻らないから平気だ。父さんは母さんと一緒だし、心配はないよ。とにかく、お嬢がいらっしゃるクラスも把握している。其処に入るから」

「しかしですね…」

「金ならある。小遣いで済む」

「いやあそういうことではなく…」

クローゼットから上着を引っ張り出す少年の後ろを、家政婦がおろおろと着いてゆく。

「ドリス、あなたの目を盗んで僕一人で出て行ったことにするから。あなたは僕から何も聞いていないし何も知らない。だから父さんも母さんもドリスを責めないよ。良いな?」

「わたくしがお叱りを受けるかどうかなど些事にすぎませんよ。だって坊ちゃん、飛行機の乗り方だって分からないでしょうに。ここからヒースロー空港だって行かれないでしょう」

「分かるよ。調べたから。それに向こうでの暮らしのことだって、全部」

見るか?と大量の付箋紙が貼られた日本旅行ガイドブックを少年が掲げるが、家政婦―――ドリス―――の首が縦に振られることはなかった。

「なあドリス、頼まれてくれないか。これは、僕の人生の最初で最後の計画なんだから。The Only Neat Thing to Doたったひとつの冴えたやりかた…僕が僕であるためのね」

うーん、と、ドリスは唸った。

「僕はあなたにだけ言った。父さんにも、母さんにも話したくない。あの人たちが許すはずないんだから」

「坊っちゃん…」

根負けしたのか、ドリスは特大の溜め息と共に肩を落とした。

「では、わたくしも着いて行きますよ。わたくしも一緒に着いて行けば、坊ちゃんだけが叱られることもないでしょうから。もとより相談された時点で、わたくしは同じ船に乗ったようなものですからね」

「よかった、安心したよ。やっぱりドリスに相談してよかった」

窓の外から吹き込む夏の緑のにおいを乗せた風に顔を撫でられながら、少年はふっと微笑んだ。

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