14 叛乱-8-
「それは私も訊きたいところだな」
手にしていたタードナイトを足元に置き、彼は言った。
「彼女に何をしている? コルドー君」
白衣姿の彼は後ろからリエの右腕をひねり上げ、彼女の喉元にメスをあてがっている。
「見てのとおりです」
コルドーは彼に分かるようメスの角度を変えてみせた。
白い肌が刃先をわずかに押し当てられて赤みを帯びる。
「こそこそ何をしているのかと思えば……施設を私物化してこんなものを作って、挙げ句にクジラ様に近づこうというのですか――?」
とんでもない思い上がりだ、と彼は糾弾した。
”クジラ様”という表現にカイロウは眉を顰めた。
「きみはクジラに反感を持っていたのではないのか?」
単純な疑問だったが、これは会話を引き伸ばしコルドーの注意を逸らすのに役立つ。
リエはよほど胆が据わっているのか、表情に怯えの色は見えない。
だが締め上げられた腕が痛むようで、時おり苦しそうに呼吸を乱している。
「昔はそうでした。でも今はちがいます。ドクターはクジラ様のありがたみを知らないのでしょうね」
「ありがたみ? なぜきみはここで働いているんだ?」
「金になるからですよ。恵みにすがろうと急ぐ者が負傷すれば、たいていここに運ばれますからね。需要があって大金も手に入る。誰が不満に思います?」
「だったら、どうして――」
「でも考えが変わったんです。いや、生まれ変わったんですよ。あれは心が洗われるような体験でした」
コルドーは笑んだ。
その際に一瞬だけ注意が散漫になったが、事態を好転させるほどの隙にはならなかった。
「彼はクジラ教の信者です」
口惜しそうにリエが言った。
「教祖様のお言葉で目が覚めましたよ。今までクジラ様を憎んでいましたが、それは間違いだと気付かされました」
「クジラのせいで家族を喪ったと言っていたではないか?」
「試練をお与えになったんですよ。僕がひとりでも強く逞しく生きていけるように。そしてその試練を乗り越えたと認められれば死後、僕も楽園に行くことを許されるんです」
「バカバカしい……」
カイロウは彼を憐れに思った。
死んだ後のことなど誰にも分からない。
分からないからどう考えようと自由だ。
だがそれと目の前で起こっていることは別問題である。
コルドーがどこの信徒だろうと、リエを人質にとって自分たちの邪魔をするのは許せることではない。
「クジラ様に近づこうとする愚か者どもを更生させたとなれば、僕も徳を積んだことになる。教祖様に認めていただける……!」
照明を受けてメスがぎらりと光った。
コルドーの双眸はたったひとつしかない選択肢をカイロウに突きつけている。
「せめてもの情けです。ドクター、あなたに自ら生まれ変わる機会を与えますよ」
彼はカイロウの足元に目を向けた。
部品を組み立てるのに使ったドライバーが転がっている。
「それでも喉や腹を突き刺すくらいできるでしょう? クジラ様に盾突こうとした罪を悔いながら死になさい。そうすればリエさんは助けてあげましょう」
「………………」
「妙な真似をすれば――分かっていますね?」
メスを小さく振って彼は哂笑した。
「崇高なクジラ教の信者にしては、ずいぶん卑怯な手を使うわね……」
リエが呼吸を整えながら言った。
「悪を正すには必要なことですよ。クジラ様もきっと許してくださるでしょう」
「きっと許してくださる? たかが末端の信者のくせに、そうやってクジラの気持ちを勝手に解釈するほうがよほど冒涜しているんじゃないかしら?」
「………………!!」
言葉に詰まり、コルドーはあやうくメスを持つ手を引いてしまうところだった。
「ま、前から生意気な女だと思ってたんですよ。でもとんだバカでしたね……! 自分の立場も分からないとは――」
カイロウの頬を冷や汗が伝う。
(おいおいリエ君、勘弁してくれ! あまり感情を逆撫でするようなことを言うんじゃない!)
どうにか助け出す手立てはないかと模索しているのに、当人が自ら窮地を招いてどうするんだ。
文句のひとつでも言ってやりたいと思ったときだった。
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