11 方舟-8-
「あのぅ、ダンナ――」
「なんだ?」
「気を悪くしたら申し訳ねえんですが……何かやろうとしてるんじゃないですよね?」
ネメアの目つきが険しくなった。
「ほら、この前の現場見学も今日も、クジラ様に関することだから――」
「………………」
彼は答えを返さなかった。
質問した本人が言ったことだ。
”クジラ批判を役人に知られたら極刑だ”と。
信頼しているダージはともかくとして、ここにはネメアがいる。
彼女とは付き合いが浅い。
役人の機嫌をとって密告する可能性もなくはない。
打ち明けるワケにはいかなかった。
「ちょっとした好奇心だ」
黙っているとかえって嫌疑をかけられると思い、適当にはぐらかす。
そうすると好奇心で多額の報酬を支払うのか、とますます疑いが濃くなってしまうのだが彼はそこまで考えていない。
「おっと、飲み物がなくなったな。持ってくるよ」
2人の視線に耐えかね、彼はそそくさと席を立った。
「気になるのかい?」
カイロウの後ろ姿を見送ってネメアが言う。
「そりゃあな。何かやらかして御用となりゃ、出入りしてるオレまで危なくなる。ダンナのことだから滅多なことはないと思うが」
最近の彼を見ていると不安が募る、とダージは心情を吐露した。
事が起こるとネメアも少しは困ったことになる。
ボディガードを最も必要としているのは調達屋だ。
彼まで連行されれば貴重な依頼主をひとり失うことになりかねない。
しかし余計な口出しをしないのが信条だから、彼女としては他人に何らかの行動を促す発言はできない。
例えばクジラに対して良くない企てがあって、莫大な報酬と引き換えに手伝ってほしいとカイロウが依頼すれば、
実際にやるかどうかは別として、ネメアにはその依頼を受けるか否かを選択する権利がある。
血を見たくない。
危険から人を守りたい。
その想いから始めた仕事である。
たとえ役人やクジラに逆らう行為であっても、それで救われる命があるのなら、自分はやるべきなのか……。
彼女には分からなかった。
「ダンナにもいろいろあるからな。できるだけ協力したいとは思ってるんだが」
彼にしては珍しく憂えた顔つきである。
「借りがあるとか?」
「まあ、ちょっとした事情があるんだ」
しぼり出すような声にそれなりの理由があるのだと彼女は察する。
「待たせたな。菓子もいろいろ持って来たぞ」
大きな缶に入った焼き菓子を手にカイロウが戻ってきた。
だが片手にジュースの瓶を持っていたせいでバランスを崩し、缶が手から滑り落ちた。
椅子の背もたれにぶつかった缶が高い音を響かせてダージの足元に転がった。
「ああ、すまん」
ジュースを置いてカイロウが拾おうとした時だった。
「ああっ!!」
突然、ダージが驚いたように立ち上がった。
「今ので思い出した! ネメア、あの方舟の音!」
缶を拾い上げたダージはそれを頭の上で振った。
からんからん、と中に入っていた菓子が揺れる。
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