犯罪組織カストロ

第5話 サクト

「ちょっとぉ、おじさん! もっと離れてよ! ていうか、なんでおじさんと仕事させられるの。サイアクー!」


 深夜。

 ホテルの入り口。

 ひとりの少女、アニエスが俺に怒りをぶつけてくる。


「誰がおじさんだ! まだ三十一だぞ!」

「歳とか聞いてないから! もう、とにかく離れてよ! 気持ち悪い!」

「なっ!」


 なんて失礼な奴だ!

 とか思いつつ、アニエスに言われた『気持ち悪い!』が頭の中はループする。


「はぁ、俺ももうおじさんか」


 落胆する俺に対して、アニエスの赤いポニーテールがコクリコクリと揺れる。

 さっき会ったばかりの相手にこれほど容赦がないなんて……彼女の将来が心配だ。

 とか思ってる時点で、おじさんっぽいぞ俺……。


「お前なぁ、そんな態度だといつか危険な目に遭うぞ」


 そう言いながら、ポケットから四枚の写真を取りだす。

 一枚目。

 黒人の男。

 写真だけでも筋肉自慢なのがわかる。

 それくらい体格がいい。

 そういう趣味はないけど。


 二枚目。

 黒人の女性。

 顔中が入れ墨だらけ。

 つり目で性格のきつそうな顔をしている。

 横にいるアニエスへと視線を移す。


「こんなふうになるなよ」


 アニエスにひとこと忠告する。

 すると、アニエスは「フハッ」と鼻で嗤い、


「こんな頭の悪そうなビッチになるわけないじゃん」


 ニヤニヤと口もとを歪めながら言い放った。

 

「その言葉遣いで言われても……信頼度ゼロだぞ」


 そう呟いて、三枚目の写真へと視線を移す。


 三枚目

 白人の男。

 メガネをかけていて、頭がよさそう――


「ねぇ、おじさん」

「ん?」


 あれほど俺を毛嫌いしていたアニエスが、不意に話しかけてくる。

 

「おじさんって童貞?」

「――ブッ!」


 思わず口からツバをジェット噴射。

 その風圧で手から複数の写真たちが逃げていく。

 ヒラヒラと宙をさまよう写真たちを慌てて掴む。

 あ……。

 写真たちは、手の中でコンパクトな姿に変貌してしまった。


「いきなりなんてこと聞いてくるんだ!」


 アニエスに苛立ちをぶつける。

 ぎゅっと拳を握る。

 手の中はもうクッシャクッシャ。


「だって、退屈じゃん」

「はぁっ! 暇つぶしでそんなこと聞いてくんじゃねぇ!」


 アニエスをにらむ。

 顔が熱い。たぶん、ものすごく赤くなってると思う。


「フフッ、なんでそんなに慌ててんの? もしかして図星?」


 奴は、ものすごくバカにしたような笑顔を俺に向けてくる。


「アホか! そっ、それくらい経験したことあるぞ!」


 一回だけ……。


「へー、意外。よくヤレたね。女が可愛くなかったとか?」

「っ!」


 アニエスは、ニヤニヤとバカにしたように俺を嗤う。

 アホか! めちゃくちゃ可愛かったし!

 そう言いそうになって、それをグッと抑えた。

 これ以上、過去のあいつの話をしたくなかった。


「そんなこと、どうでもいいだろ。アニエスは、なんでこの組織入ったんだ?」

「ええっ!?」


 急に自分のことを聞かれて、アニエスは驚きの表情を浮かべる。


「ってか、なんでおじさんにそんなこと言わなきゃいけないの!」


 少女は、ガーッと怒りをあらわにする。

 なんでそんなに嫌われてんだ俺……。


「おじさんこそ、なんで組織に入ったの!?」


 苛立ち混じりのアニエスの問いに、俺はうつむいた。

 組織に入った理由なんて決まってる。


 あいつのため――


 あいつの姿を思い出したとき、不意に足音が聞こえた。


「――っ」


 足音のするほうへ視線を向ける。

 そこには、黒人の男と白人のメガネをかけた男。

 慌ててクッシャクッシャの写真を広げる。


「…………」


 シワシワでよくわからんが、さっき見たとき……こんな顔だったような……。

 白人はメガネかけてるし、もうひとりは黒人でマッチョだし、たぶんビンゴ。だよな……。


 男たちは、入り口の側にいる俺たちを横目で見ながらホテルへと入っていく――


「すいませーん。ちょっと聞きたいことがあるんですけど」


 男たちの足が止まる。

 まるで別の生き物でも見るような目つき。

 男たちは何も喋らず、ただこちらを見つめるだけ。

 こえええええっ!

 話しかけたんだから何か喋れよ!


「あのぅ、ここなら売ってくれるって聞いて来たんですけど」


 俺の言葉に、男たちの眉が一瞬上がる。


「誰に聞いた?」

「えっ?」


 白人の男の問いに、頭がパニックになる。

 やべぇ、話しかけるのに夢中で合い言葉忘れちまった。


「えっと、その……」


 やばい! やばい! やばい!

 思い出せ、思い出せ、思い出せ。

 たしか、なんとかジャムだったはず。

 ジャム。ジャム。ジャム。

 ダメだ! 頭の中『ジャム』って単語でいっぱいになっちまう。

 終わった――


「シュルベルグ・ジャン」

「それだ!」


 アニエスは俺の横で、めんどくさそうに合い言葉を口にした。

 そうだよ。ジャムじゃねえよ。ジャンだよ。


「「……」」


 男たちは、黙ったままだった。


「……?」


 えっ、何この沈黙……。

 まっ、まさか間違えた?


「いや、あの、これは――」

「ついてきな!」


 俺の勘違いを遮るように白人の男が口を開いた。

 ビビらせんなよ! ったく。

 男たちは、そのまま人気のない路地裏へと進んでいく。

 俺たちもそれに続く。


 街灯の光も入ってこない暗闇の世界。

 カチンッ。

 男たちふたりのライターの火が俺たちを照らす。

 男たちがタバコに火をつけながら、口を開いた。


「で、何がいいんだ? ラフレシアの粉塵か? ゲンカクトカゲの牙か?」


 白人の男がタバコをふかしながら、ポケットから小さな袋を取りだす。


「俺のオススメは、これだ。サイミンダケのエキス。値段は粉塵の二倍するが、効果がぜんぜん違う。最高にハイな人生になるぜ!」


 男はそう言って俺の肩に手をまわす。

 お互いの身体がぴったりくっつく。

 おそらく、逃げられないようにしているつもりだろう。 


「金が足りねえっていうなら、兄ちゃん。あの女ちょっと貸してくれよ。そしたらタダでもいいぜ」


 そう言って男は、タバコを捨てると内ポケットからナイフを取りだした。


「よく覚えとけ! 知らない奴に近づくとヤケドするってな!」


 男はニタニタと口もとを歪める。


「ちょっ、触んなよデブ!」

「――っ!」


 アニエスが黒人の男に腕を掴まれる。


「はぁ……」


 おとなしくボスのところに引き渡したかったけど、ムリそうだな。


「俺たちカストロは、やくだけは手を出さない。組織のルールを忘れたかコードB」

「「なっ!」」


 俺の言葉に、男の息が荒くなる。


「てっ、てめえ組織の人間か!」

「ボスからの伝言だ。『ルールを破った罰に、いいものを見せてやる。カスども』だそうだ」


 俺の言葉に男は震える。


「へっ、どこのコードの連中か知らねえが、この状況で勝てると思ってんのか!?」


 男はナイフを俺の首元に突きつける。

 ったく。


「おいっ、そんな震えた手で脅すなよ」


 俺は、奴のナイフを持つ手を掴んだ。

 そして、そのまま全身に力を込める。


 まずは、腕の筋肉が変化していく。

 次に手。

 爪が鋭く伸びて奴の手を串刺しにする。


「――っ、あああああああ!」

「よく覚えとけ! 知らない奴に近づくとヤケドするってな!」


 俺は得意気にそう口にして、さらに変化を続ける。


 黒いしっぽが姿を現す。

 黒いツバサが人間でないことを教える。

 二本の黒いツノが奴らを睨む。


「「ばっ、ばけもの……」」


 男たちが言葉を失う。


「おっ、おじさん。そっ、その姿……」


 アニエスが何を言おうとしたのか、すぐにわかった。


 そう。その姿は、まるでサキュバス。

 いや、インキュバスそのものだ。


 三年前のあの日。

 俺は、人ではなくなった。



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