第9話 お姫様と妹の友達
――今の先輩がどんな人なのか、ちょっと知りたかっただけですよ――ケージ君
あの黒縁メガネ地味巨乳が言い残していった言葉が、ずっと頭の奥にわだかまっていた。
どうして俺のプレイヤーネームを知っているのか。
もちろんそれも気になるんだが……どっちかといえば、それ以上に。
「今の先輩って、どういうことだ……?」
それじゃまるで、前の先輩がいたみたいじゃねえか。
先輩って代替わり制だっけ? 真理峰は2年生だから、3年生は全員先輩だと思うが。
俺を先輩って呼ぶのは真理峰だけだから、真理峰の話だろうってのはなんとなくわかるが……。
「あー……めんどくせえ」
ゲーム以外のことに頭を使うのはもったいない。
何か用があるんなら、またあの地味巨乳のほうから接触してくるだろ……。
放課後、制服のまま自室のベッドに寝そべっていた俺は、勢いよく体を起こした。
ログインする前に、水分を確保しておくか。
そう思って自分の部屋がある2階から階段を降りていく途中、玄関のドアが開く音がした。
礼菜が帰ってきたのか?
そう考えた直後、聞こえてきたのは複数人の足音と話し声だった。
「ほ~ん。でっかい家やん。マンション住まいやから憧れるわ」
「まあねー。見た目より古いらしいけど」
「真理峰さん! わたくしめがお靴を脱がさせて……!」
「いやいや、大丈夫大丈夫。その口調なに?」
最後に聞こえてきた声に、俺はびきりと固まった。
その間に、礼菜が階段の下から顔を出す。
「あ、お兄ちゃん。しばらくリビング使うからよろしく~」
「お……おう……」
そして礼菜はリビングのほうに消えていき、続いて背の高い女子と小さい女子が「お邪魔しま~す」「……します」と友達の家に来たとき特有の調子で言いながら、階段の下を通り過ぎていく。
そして最後に。
黒い髪をツーサイドアップにして、膝の前にスクールバックを提げた美少女が、ちらりと俺の顔を見た。
「……………………」
そいつは無言のまま、小さく会釈をして他の3人に続いていく。
……ビビった。
全員制服姿だったところを見ると、学校帰りに遊びに来たってところか。
礼菜が友達を連れてくるのは珍しいことじゃない。
あの妹はとにかく友達が多いし、俺たちの家は結構広いからな。たむろするにはちょうどいい。お泊まり会が催されることもあるくらいだ。そういうときは礼菜が俺にゲームを借りに来るのがお決まりである。
しかし――あいつを連れてくるのは初めてだった。
真理峰桜。
学校やゲーム内で何度も会ってるのに、自分の家で会うってだけでこんなにも印象が違うとは。
あるいは……学校の友達と一緒にいる姿を間近で見るのが初めてだからかもしれない。
なんか大人しかったな。
でもまあ、とりあえず水分だ。
俺は気配を殺しつつリビングに入り、そこを経由してキッチンに向かう。
真理峰と礼菜を含む4人組は、ソファーに座ってテレビにネトフリを映していた。
「他のサイトで見たけどこれもよかったよ~」
「あ、確かにそれも気になっとったわ」
「真理峰さん、喉乾いてませんか? よかったらご用意しましょうか!」
「初めて来る人の家でメイドになれるの、かなり才能だよね」
……………………。
タメ口でしゃべってる……。
俺と話すときはいつも敬語だし、それ以外聞いたことがなかったから、かなり新鮮だった。
敬語と言っても、あんまり敬いは感じないんだが。
俺はいつも使ってるタンブラーに冷蔵庫の麦茶を流し込むと、そそくさとリビングを出る。
ただ、ドアをくぐる瞬間、もう一度だけ真理峰の横顔を見た。
……うーん。
やっぱり雰囲気が違うような。
いつもより大人しい……というか。
いつものほうが、はしゃいでたのか?
廊下に出て階段から2階に上がる。
思い返してみると、確かにはしゃいでたという表現がしっくりきた。
っていうか、はしゃいでないと教室の外まで直接来て暗号めいたメッセージを通話してるふりして送ってくるとか、やんねえよな、普通。
結局、うやむやなままになっちまってるが……。
真理峰はどうしてあんなに、俺にゲームを教えてもらいたがってたんだろう。
すっかり馴染みつつあるせいで違和感がなかったが、改めて考えてみると、そこが奇妙なのは変わっていないのだった。
自分の部屋に入り、PCデスクにタンブラーを置き、そのまま……椅子に座らず、立ち尽くす。
――今の先輩がどんな人なのか
あの地味巨乳の言葉がまた蘇ってきた。
俺は……真理峰のことを知ったような気でいて、だけど、まだ何にも知らねえんだな。
だからなんだ……って話ではあるんだけど。
「……………………」
……ああくそ。今日試したいスキルがあったのに。
これじゃ全然、ゲームに集中できないじゃねえかよ。
1階からうっすらと漏れ聞こえていたドラマの音が、途切れた。
それから、かすかにだが礼菜の声。
「――……トイレは廊下に出て左だよ!」
あいつ声でけえんだよな。
そして、リビングの引き戸が開く音がした。
ちょっと部屋から出て階段の下を覗き込むと、ちょうどトイレのドアの中に、見覚えのある黒髪が入っていくのが見えた。
……水を差す気はねえんだけど。
でも……まあ、挨拶くらいしてもバチは当たらねえだろ。
とはいえ、さすがにトイレの前で出待ちするのはまずいか。
そう思ってしばらく待ち、トイレから出てきた真理峰が洗面所に移動したのを見計らって、その後ろを追いかけた。
ドアを開ける。
ハンカチを手にした真理峰が、ビクッと驚いてこっちを見る。
「ふぇっ!?」
「よう」
肩を縮こまったまま固まった真理峰に軽く手を上げて、俺は後ろ手に洗面所のドアを閉じた。
「お前が入っていくのが見えてさ、一応声かけとこうかと思って」
本当はトイレに入るところから見てたが、俺は微妙に嘘をついた。
真理峰はハンカチで手を拭く格好のまま、咎めるような目で俺を見る。
「……先輩。初めて来る人の家で、その家の、しかも年上の男の人に洗面所で不意打ちを受けるのって、そこそこの恐怖ですからね」
「す……すまん」
「先輩だったので……別にいいですけど」
濡れた手をハンカチで拭うのを再開する真理峰。
トイレで出待ちよりいいと思ったんだけどなぁ……。
「それで? 一応声をかけとこう、でしたっけ。そんな社交性あったんですね、先輩」
「舐めるなよ。あの妹がどれだけ友達を家に連れてくると思ってる」
「心中お察ししますけれど、こうやって話しかけたのは私が初めてでは?」
「……まあな」
ハンカチをブレザーのポケットにしまいながら、真理峰はにやっと煽るような笑みを浮かべた。
「仲良しの女の子が家に来てくれたもんだから、話しかけずにはいられなかったんですかね?」
「それじゃあ俺がお前に依存してるみたいじゃねーかよ」
「友達が少ないと、その少ない友達に無意識に近寄っていっちゃいますもんね。わかりますわかります」
「存在しない俺の習性に共感を示すな」
「だったら何ですか?」
真理峰は腰の後ろで手を組み。
少し前に身体を傾けて、上目遣いで俺の顔を見上げて、言った。
「私とお話ししたくてしょうがなくなっちゃったんですか、先輩? 寂しがり屋さんですね?」
「そういうのじゃねーよ!」
反射的に否定すると、真理峰はいつもみたいにくすくすと笑って――
――急に、ハッとした顔をした。
それから笑みを引っ込めると、俺から1歩距離を取って、洗面所の鏡のほうに顔を向ける。
「……? どうした?」
「い、いえ……何でもないんですけど」
声の調子が、いつもと少し違う。
そう……今は、はしゃいでるように聞こえない。
「……あの、先輩」
ちらりと横目で俺の顔色をうかがうようにしながら、真理峰は言う。
「私って……どういう風に見えてますか?」
「……どういうって?」
「先輩の目から見て……私って、どういう人間ですか?」
俺は首をかしげて、
「恵まれた容姿を笠に着たナルシスト」
「ナルっ……!? そこまで言います!?」
「じゃないと出てこないだろ。その小悪魔からかいムーブは」
真理峰は不服そうに唇を尖らせて、うらめしげに俺を睨む。
「……こうでもしないと、先輩の気を引けないじゃないですか……」
「あ? 何だって?」
「何でもありません」
「ちなみに、お前が俺の印象に残ったのは、お前のムーブが明らかにヤバい奴だったからで、可愛かったからじゃないからな」
「聞こえてるじゃないですか!」
真理峰はため息をついて、右手で左の肘をつかんだ。
「……もういいです。何でも。最初からそういう印象だったんなら何にも変わりません」
「……お前、何を気にしてんだ?」
「…………ご自分の胸に聞いてみたらいかがですか?」
どういうわけか、真理峰の声はちょっと刺々しかった。
何を怒ってんだよ。
まるでこの前、ゲーム内でとんでもないロリ巨乳女に話しかけられたことを話したときみたい――
「――あ」
不意に一致した。
あのロリ巨乳と、あの地味巨乳の、声色が。
「……そういうことかよ……」
「はい?」
「こっちの話だ」
それで俺のプレイヤーネームを知ってたのか。
ゲーム内で接触してきたのは……多分、真理峰と同じ理由か。
その後、リアルでまで追いかけてくるあたり、なんとなく似たものを感じる。
……今の先輩……。
「……真理峰、お前さ――」
推測を確かめるための質問をしようとした、そのとき。
「――桜ちゃーん! トイレ大丈夫ー!?」
礼菜のでかい声が背後の廊下から聞こえてきた。
「……あれ? いないなー……洗面所のほうかな?」
まずい!
二人でいるのを見られたら、俺たちの関係が――
――別に、バレても大丈夫じゃね?
「せ、先輩っ! 早く隠れないと――」
「いや、よく考えたら、別に俺たちが知り合いなのバレたって――」
「妄想の餌食になりたいんですか!?」
――まずぅい!!
あのカプ厨に俺たちが実は知り合いだってことがバレたら、妄想のネタにされる上にあの手この手でくっつけようとしてくる! めちゃくちゃうぜえ!
「ええと……あ、お風呂場へ!」
真理峰に背中を押されて、風呂場の中に転がり込む。
ガラガラ、ピシャンッとそのドアが閉じられた直後、洗面所の引き戸が開く音がした。
「あれー? 桜ちゃん、今お風呂場見てなかった?」
「お、大きいお風呂場だなあと思って!」
「そう? 普通だと思うけど……」
俺は風呂場の隅っこにへたり込んで、両手で口を押さえていた。
「トイレ大丈夫? だいぶ時間かかってたけど」
「大丈夫大丈夫……ついでに、そう、ついでに前髪直してただけで……」
「あはは! デート前みたいだね! ……あ、そうだ聞いてよ桜ちゃん。さっきいい幻聴を聞いたんだよ!」
「い、いい幻聴?」
状況のこととまったく関係なく、真理峰は訝しげに聞き返した。
いい幻聴ってなんだよ。神のお告げとかか? ついに妄想の枠を超えだしたか、ウチの妹。
「それがね、他のみんなは聞こえなかったって言うんだけど、あたしは確かに聞いたんだよ!」
「へえ~……何を?」
トンチキな話題だったが、真理峰はきっと俺の存在が少しでも気づかれないように、礼菜の話に乗っていく。
すると礼菜は心底楽しそうに言った。
「小悪魔後輩の声だよ!」
「「っ!?」」
風呂場の中の俺と、曇りガラスの向こう側にいる真理峰とが、同時に声を詰まらせる。
「『寂しがり屋さんですね?』って、完全に仲のいい先輩をからかうときの後輩の声がしたんだよ! あれはすごいよ。翻弄する側のようでいて、『かまってかまって』って声が聞こえてくるような甘えた響き! 寂しがり屋さんにしか出せない『寂しがり屋さんですね?』だったんだよ!」
「~~~~~~っ!!」
曇りガラス越しではよくわからないが……今、真理峰は、耳を赤くして悶絶しているんじゃないかという気がした。
「本当に幻聴だったのかなぁ……。お隣さんは若い女の子なんかいないはずだし。家の前の道を通った学生とか? こりゃあ黙っちゃいられないよ! 仲がいいけど付き合ってない先輩後輩のカップルなんか、一番好きなやつなんだから! 桜ちゃんは聞こえなかった!?」
「……い、いや……聞こえなかったかな~……」
「そっかぁ。気づいたことがあったら教えてね! あたしゃそいつらをくっつけずにはいられないよ! だって完全にかまってちゃんの声だったんだもん! 先輩のことが絶対に大好きな美少女の声だったんだもん!」
「わ、わかった……わかったからぁ……! とりあえずみんなのところ戻ろ? ね!?」
もはや完全に手遅れではあったが、真理峰は風呂場の前を離れ、礼菜を洗面所の外に押し出していったようだった。
二人の気配がなくなってから、俺はそーっと風呂場を抜け出す。
騒がしい礼菜の声の残滓と、真理峰の香りだけがかすかに残る洗面所で、俺は洗面台の縁に手をつく。
完全に?
絶対に?
……いやいや、いつもの礼菜の妄言だ。真に受けてどうする。
でも……あいつ、誰が誰を好きとか、百発百中レベルで見抜く能力があるんだよな……。
「…………っ!!」
俺は洗面台の蛇口から勢いよく水を出し、それを両手に掬ってバシャバシャと顔にかけた。
勘違いするなぁー!!
これは罠だぁー!!
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