第23話 紅灯緑酒のクロスコンタミネーション

 7月18日、文化祭準備期間最終日。


 衣装の完成披露という事で男共は、冷房の効かない廊下で窓を全開にして茹る様な暑さに耐えながら待つこと30分。


 溶けかかたアイス如く全員が項垂うなだれていると、ようやく教室の扉がひらかた。


 生き返るような心地よい冷気が流れ込こみ男子達に生気が戻る。


「出来たよっ!!」


 陽気な椿花の声と共に迎えられた男たちの前には、絢爛豪華な大正浪漫風のメイド服の女子たちの姿。


 炎天下の中むさ苦しく仕上がった男子達は、酔うような強い歓喜に沸いた。


 椿花の衣装は白を基調とし鮮やかな椿の柄をあしらった二尺袖と紅色の袴と合わせている。椿の花言葉である『控えめな素晴らしさ』通り、おしとやかさのなかにも凛々しさが見えた。


 弥音は深みのある渋い松葉色の着物に色彩豊か梅の花がちりばめられ、落ち着いた趣がありながら可憐さが垣間見られ、いつもは下ろしている髪を少し左側をアップに、サイドテールにしてアレンジを加えている。


 各々思い思いの個性が出し、目にみるほど絶景に男子達は魅入られ心を奪われた。


「キタ――(゚∀゚)――!! 今日だけ及川氏のこと、心の友ってよんでもいいっ!?」


「……もう好きにしろ」


 感動のあまり打ちひしがれている秀実ほずみを無視して、女子達は呆然としていた晴生の前で不敵な笑みを見せる。


「まだまだ、これで終わりじゃないよっ!」


 女子たちは道を開けるように、半身を引いていくと背後に隠れていた雪希の姿がつぼみが花開くか如く露になった。


 清純で古典な菫色と白の矢絣やすがり柄の二尺袖に、濃い臙脂えんじ色の袴。いつもは片側に寄せて結っただけの大人しい感じだった髪型は、ハーフアップにした紙を菫色のリボンで止めている。


 フリルをあしらった愛らしいエプロンを羽織り、王道かつ正統派の装いで照れくさそうに恥ずかしがる微笑む姿は、可憐で――


「――っ!!」


 晴生は雪希の愛くるしい姿に一瞬にして顔が燃えるのような熱さを感じ、たまらず目を反らす。


「どう、かな?」


 晴生の気持ちを知ってか知らずか、雪希は無垢にも恥ずかしがりながら感想を求めてくる。


 それは晴生にとって可愛さの暴力だった。


 ずっと見ていたい。しかし溢れ出る感情に自我が崩壊して何をしでかすか分からないという衝動に耐え続ける自信が無い。


「及川君。ちゃんと感想言ってあげなよっ!」


「そうそうっ!」


「男らしくないよっ!?」


 外野も外野で、いやらしい笑みを浮かべている辺り、最早確信犯。


 次第に晴生はクラス全員に追い詰められ、四面楚歌の状態。


 雪希の魅力に思考力まで奪い取られた晴生は――


「ごめん……あまりにも……可愛すぎて……直視できそうも無い……」


 晴生が羞恥にまみれながら振り絞った素の言葉に、雪希の顔がぱっと咲くように真っ赤に茹で上がる。


「~~っ!!」


 まともに恋愛をしてこなかったツケがここにきて回ってきた二人は、脳が完全にショートして呆然と時間だけが過ぎていく。


 その光景に期待を胸に躍らせて見守っていたクラスメイト達は、やがて様子がおかしいことに気付き――


「「中学生かっ!」」


 まったくもって手のかかる二人のお陰で、しくもクラスが一つになることが出来た瞬間だった。


 そして前夜祭ライブで体育館内が盛り上がる中。撮り終えた紹介動画をセピア色への加工と字幕の挿入に秀実ほずみが悲鳴を上げつつ徹夜で編集し、晴生達は文化祭当日を迎える。



 7月19日――


 西高祭の一日目は学校内での開催。午前中は全クラスの出し物を発表する。


 晴生達のクラス2年E組の大正喫茶浪漫亭は、喫茶店の一時の恋を短編ドラマ仕立てで造り、その甲斐があって午後からかなりの盛況ぶりだった。


 それもその筈で晴生と雪希はクラス全員にだまし討ちに合い、その短編ドラマの主役にされたのだ。


 全員フラれたにも関わらず、上品で美しい雪希の接客の評判を聞きつけた馬鹿な男子で大盛況だった。


 何となく面白くは無かった晴生だったかが、弥生の依頼で例のアメリカ人の女の子の案内をしなければならならず、シフトを二時間後の15時に入れられていた。


 『大丈夫だよ』といって微笑む雪希にほだされた晴生だったが、同調した男子生徒たちの『大丈夫で~す』という言葉には全く信用できず気が気じゃなかった。


 自分が生まれて初めてやきもちという感情を知り、職員室に向かう間、晴生は恥ずかしさに耐えきれず何度も壁に頭を打ち付けそうになった。


「失礼しまーす」


「遅かったなぁ、及川君。鬼嶋さんの袴姿に見惚れてか~?」


「そうですが? 何か?」


 悶々としていたなどと決して言えるわけもなく、弥生の面倒くさい冷やかしに苛立ってしまった晴生はぞんざいに受け流して少し後悔する。


 弥生の隣には既に金髪碧眼の女性が三人、晴生が来るのを待っていた。


 英語の指導者であるメイディ・カーター。金髪碧眼のアメリカ人女性。晴生は普段話をする機会も無かったため、出身はテネシー州という事以外良く知らない。ただ特徴的なグラマラスという表現をしなければならない膨よか体型は目を惹く。


 若かりし頃綺麗だったんだろうと、横に視線を滑らせるとそれを想起させるような開放的でチャーミングな女の子、メイディの姪のレベッカ・カーターの姿があった。


Hiはじめまして, I'm rebeccaレベッカよ,Please call me Beckyベッキーって呼んで


I'm Haruki晴生です. Nice to meet you tooこちらこそよろしく


 見た目通りベッキーはフランクな挨拶をしてきたので晴生の緊張感は和らいだのも束の間――


 もう一人の女の子の姿に晴生は絶句する。


 髪、瞳、肌の色こそ違ってはいたが金髪碧眼の健康的な褐色肌で、卵型の小顔にふっくらとした口元と二重は雪希によく似た女の子がそこにいたからだ。


Nice to meet youはじめまして, I'm Esther Clarkエステル=クラークです,Please call me Essieどうぞエシーって呼んでください,Please show今日一日よろし us around today!くお願いしますね!


I……I'm Haruki Oikawaわ、わたしは及川晴生です, Please call me haruどうぞハルとよんで下さい,Nice to me you tooこちらこそ会えて光栄です

 

 ベッキーとは違い意外にフォーマルな英会話が来た晴生は少し戸惑いつつ、微笑むエシーからの握手に応じた。


 雪希も最初に出会った頃、凛としてお淑やかな印象を受けたが、エシーにも同じような雰囲気を感じた。


 まさかこの子も猫被っていないだろうな……


 数日のうちに雪希の印象を改める機会があったことを思い出し、エシーもまた裏の性格があるのではないかと晴生は勘繰る。


 挨拶もそこそこに職員室を後にした晴生はエシー達を連れて、西高祭パンフレットを片手に校内の案内を始める。


Wellえっと……First of allまずは……Why don't we中庭にあ all play at るアトラ the courtyardクションで遊 attractions?ばないか?


 中庭で一年生が作ったゲームセンターなるものがあるので遊ぶことを進めた晴生だったが、ベッキーとエシーの二人は何やらクスクスと笑い始める。


 そんなに自分の英語がおかしかっただろうかと思い晴生は小首を傾げると――


「日本語で大丈夫だヨッ!」


「あまり難しいのはやめてネ?」


 発音こそ少しカタコトだったものの流暢な日本語で帰ってきて、晴生は目を丸くする。


「せっかく頑張ってたかラ、付き合ってあげようと思っテ」


 こいつら……


 彼女たちがニヤニヤしている理由がようやく分かり、晴生は揶揄われていたことに苛立ちがこみ上げてくる。。


 晴生は彼女たちから日本語能力検定2級を合格していて、十二分に日本語を話せるという話をされる。


 晴生のような俄かバイリンガルじゃなくて完全なバイリンガ-ルズだったとを知って、晴生はますます腹が立った。


 だが晴生が不貞腐れているのを気遣う様子も無く、彼女たちはむしろ――


「ハルっ! カワイイっ!」


「怒っチャッタ? ゴメンネ~」


 ほくそ笑みながら晴生を冷やかす。


 二人のおもちゃにされつつ晴生はエシー達をボーリングが行われている中庭まで案内する。


 早速参加するや否や――


「「Yeah!」」


 ベッキーとエシーがそれぞれ軽快に次々とストライクを決めハイタッチをする。


 一方晴生はというと質素な造りのレーンのせいかボールが中々滑らなす、ガターを連発して二人の爆笑を誘った。

 

「ちょーウケるんですけドォっ!」


「ハルってばヘタクソ~ めちゃウケルッ!」


「うるせぇ」


 などと、どこで覚えたその日本語と言わんばかりのギャル語に、晴生は苛立ちも限界に達した。


「次はどこ行ク?」


「お祭りって言っテタから楽しみにしていたケド、拍子ヌケ? シチャッタ」


「ほう……そうか……」


 このままでは日本の文化祭の沽券にかかわると思う建前。


 晴生は目にもの見せてやろうと、前評判で失禁レベルに怖いというお化け屋敷へと二人を案内することを決めた。


「じゃあ、今度はホーンテッドハウスに行かないか?」


 お化け屋敷は二クラス共同作られ、二つの教室をベランダで繋げている。二年A組とB組がガチで造り込ん出来て、午前中に放映された紹介動画を見る限り、女子たちの中から悲鳴が上がるほどだった。


 最後にピエロの顔がドアップで映し出されたときは晴生も背筋が凍った。


「どうせ脅かすだけでショ?」


「造りモノだから平気だダヨ」


「さて、それはどうかな」


 しっかりと先入観がばっちりと掛かって油断しているしてやったりと、後で吠え面を書くのが目に見えた。


 お化け屋敷の内容は追いかけてくるピエロに捕まらないように逃げるという単純なゲームだが、色々と仕掛けが施されている。


「まずはベッキーだな」


「いいヨっ! どんなのかナァ? 楽しみだナァ!」


 お化け屋敷は仕掛け人であるキャストと共に弾みながら入って5秒――

 

EEEEEEEEEEK!!キャーーーッ!!


 耳を刺すベッキーの絶叫が壁の向こうから聞こえてきて、急にエシーの顔が青ざめていくのを晴生は見逃さなかった。


「怖いなら辞めてもいいぞ?」


「ま、まさカっ! You're kidding?冗談でしょ?


 この場合の『You're kidding』を揶揄わないでっという意味だということが何となく分かった晴生は、エシーがやせ我慢していることに気付き失笑する。


 そしてベッキーがガタガタと震えながら放心状態で帰ってきた。


 トラウマをしっかりと植え付けられたようでベッキーは呆然としたまま廊下に座り込む。


 そんなベッキーの姿を見たエシーは露骨に狼狽し始めたので、晴生は親切心から背中を押してやることにした。


「ほら、今度はエシーの番だぞ?」


Please!おねがいっ! Wait!待ってっ! let me getまだ心の my mind ready!!準備がっ!!


 変わり果てたベッキーの姿に青ざめたエシーは必死の抵抗も空しく、まるで吸い込まれるようにお化け屋敷の中へ、そして間髪入れずに――


YIIIIIIIIIPE!!ギャーーーッ!!


 実はこのお化け屋敷については晴生が少し監修を手伝っていた。


 具体的には最初の一発目に案内人の生徒キャストと握手するのだが、その生徒キャストの腕がピエロに鉈で切られるところを考えた。


「ざまぁ……」


 他人の不幸は蜜の味とはよく言ったもので、晴生にはエシーの悲鳴がまるで讃美歌のように聞こえた。

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