2.シオンの故郷。







「へっ……。どこぞのシオンより、使えるじゃねぇか」

「………………」


 デカルは紙幣や金貨、そのほかにも諸々の金品を数えながら笑った。

 これならばあの夜――シオンがやらかした時よりも、儲けだ、と。歪んだ表情をさらに歪ませて、彼は目の前で小さくなっている少女を見た。

 ヴァーナと呼ばれる、獣人族の女の子だ。

 猫耳を生やした愛らしい外見の彼女は、デカルのその視線に震え上がる。


「分かったか? お前はあの日、オレの酒場で盗みを働いた。これは報いだ」


 鼻先が触れそうな距離まで接近し、彼は言う。

 少女の円らな瞳には、醜悪ともいえるデカルの顔が映り込むのだった。同時に震えるそこにあった感情は他でもない、恐怖心。

 反抗すれば、なにをされるかわからない。

 そのことによって、少女は完全に支配されているのだった。


「分かったか、ミミ! 返事をしろ!!」

「……は、はいっ」


 だから彼女――ミミは、意に反していても従うしかない。

 自分はあの日、罪を犯したのだから。報いを受けるのは当然だ。

 そう、思って……。



◆◇◆



「ふむふむ。それじゃ、ひとまず犯人の潜伏先が分かったんだね?」

「そうですね。たぶん、街の外れ――貧困層の方面かと」


 僕はシーナさんに、自分の得た情報を精査して伝えた。

 メモ帳は結局、どこに行ったか分からなかった。それでも、その後の調査でまったく被害の出ていない、そんな場所を確認したのだ。

 貧困層――盗めるものがない、といったらそれまでだけど。

 しかしそれにしても、異様なまでにぽっかりと、そこだけ空白があった。


「あくまで推測なんですけど、犯人も自分のテリトリー――足のつく範囲では、まず盗みは働かないと思うんです。それに、どこの被害も少額なのはきっと、地の利がないから。バレそうになったら、すぐに逃げるからだと思うんです」

「たしかに、そんな感じの証言もあったね。すごいなぁ、シオン君」

「いや、これくらいは――」

「そんな中で満額盗まれたコール、ざまぁ」

「は、ははは……」


 僕の考えを聞いたシーナさんは、悪い顔をしてそう言った。

 本人は口に出ていないつもりなんだろうけど、完全に漏れてしまっている。こっちは苦笑いしかできなかった。とりあえず、聞かなかったことにしよう。

 そんなわけで、僕とシーナさんは一路、貧困層へ向かった。


「アタシはこの街の出身じゃないから、よく知らないんだけど。どこの街にも、こういう場所はあるんだね……」

「そうなんですか? ……少し、悲しいですね」


 そして、そこに足を踏み入れた時に彼女はそう口にする。

 ガラッと変わった街並みを見て、僕は想像し、素直な感想を述べた。

 雑草のはびこった、むき出しの道。建物にはどれも欠けたような、崩れた部分があって、洗練されていない。あるいは、経年劣化というのだろうか。

 時間の経過にさらされた、置いて行かれた、そんな場所だった。


「でも、悲しんでもいられないからね! シオン君、手分けして捜索でいい?」

「いいですよ。僕も少しだけ、懐かしい場所に行きたかったですし」

「そっか。それじゃ、ひとまずここで!」


 僕が頷くと、シーナさんは手を振りながら去っていく。

 彼女を見送ってから、一つ息をついた。そして、小さくこう口にする。



「ここは、やっぱり変わらないな」――と。



 そう、ここが僕の生まれ育った場所。

 生き方を学んだ場所だった。


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