第42話 手芸部のぬいぐるみ
それはつい昨日のことだ。
僕が掃除当番を終えて帰ろうとしたとき、背後から聞き慣れた声がかけられたのである。
「よお、真守」
振り返ると友人の明彦が笑みを浮かべて立っている。
「ちょっと面白い話を聞いたんだけど、付き合ってくれないか」
「面白い話?」
「ああ。いや、ほら。一年A組の昭島は知っているだろう、料理部員の。その子のクラスメイトで手芸部の子がいるらしいんだが、その手芸部員の身の周りで最近変わった噂があるんだとさ」
昭島さんと言えば以前に料理部でちょっとした事件があった時に関わった女の子である。明彦は彼女に気があって一応はこの間デートらしいこともしていた。どうやらその後もそれなりに親しくしているようだ。
「それで変わった噂って、どんな?」
「何でも、縁結びをしてくれるぬいぐるみがあるらしいんだ」
「はあ?」
明彦が聞いたところによると手芸部は料理部と交代で家庭科室を使用していて、その関係もあって多少交流がある。
そして料理部員の昭島さんがその手芸部のクラスメイトから聞いたところによると一か月ほど前に手芸部の倉庫で一体のぬいぐるみが見つかったのだという。
もともと手芸部はそんなに部の備品が多くなく、倉庫と言っても作業教室棟の二階の部屋の一角に僅かな荷物がある程度なのだそうだ。
そのため普段は倉庫に出入りする者はめったにいない。
その彼女もたまたま過去の資料を探しに入ったのだが、そこに置かれていたのが件のぬいぐるみだった。ウェディングドレスを着たそのウサギのぬいぐるみはとても愛らしく、可愛いものが好きな彼女は一目で心を奪われた。
しかし誰が作ったものなのか、部活の先輩に訊いても心当たりがないとの返事だった。
そうなると勝手に持ち出すのも悪い気がして、彼女はぬいぐるみを見たくなったときにたまに倉庫に足を運ぶようになった。
そこで先輩の一人が「そんなに気に入ったのなら、恋愛のご利益もあるんじゃないか。ウェディングドレスも着ているんだし」と冗談交じりに言いだした。
彼女はどこか夢見がちなところがあったらしく「そうかも!」とその言葉に本気になって、好きな相手に対する自分の気持ちやどんな関係になりたいかをしたためた手紙をぬいぐるみのところに置いてみたのだそうだ。
「それで、どうなったんだ?」
「なんでも、その後しばらくしたら部活の買い出しをするときに同じ部活の気になる男子に『一緒に行かないか』と誘われたんだと。その後もそれをきっかけに親しくなったとか」
「それは不思議といえば不思議かもしれないが、元々それなりに親しい関係だったというだけの話かもしれないよ?」
いわゆる予言の自己成就というものとは考えられないだろうか。それ自体は彼女自身の潜在的な願望であったが紙に書いて形にしたことではっきりと意識するようになり、結果的に願望が現実になったときに叶ったと思い込んでしまうというやつだ。
「まあ、何とも言えんがな。だが一年生女子の間ではそれなりに話題になって、何人か実際にぬいぐるみを見にいった人間もいるんだそうだ」
「それで、明彦も面白そうだから見に行きたいっていうのか」
「それもある。だが昭島としてはどうもおかしなことが流行っているように思えて、少し不審に感じているらしい」
「それでどんなものなのか確かめてみたいと。そんなに時間がかかる話じゃなさそうだし、良いけどね」
正直言うと面倒に思う気持ちもないではなかったが、見に行くだけならどうということもあるまい。すぐにすむ話だ。
僕はこの時点ではそう考えていた。
二年B組の教室を出て数分後。
手芸部の部室、家庭科室の前に僕と明彦は並んで立っていた。明彦が「それじゃあいってみるか」と軽くノックをしてからドアを開けつつ呼びかける。
「お邪魔しまーす。……一年C組の昭島の紹介でぬいぐるみをみせてもらうことになっていたんだが」
その声に作業をしていた部員の一人が立ちあがって、こっちを見た。
「ああ、私です。部活中なのでちょっと待ってくださいね」
そう答えたのは髪をボブカットにした幼げな雰囲気の女の子だった。睫毛は長く顔立ちも整っているが、何となく世間知らずな印象がある。
彼女はすぐさま道具を片付けはじめ、部員たちに挨拶してから僕らのところに近づいてきた。
「すみません、お待たせしました。
この子が待ち合わせの約束をしていた昭島さんのクラスメイトのようである。
「こっちの興味本位に時間を取らせて悪いなあ。二年の雲仙だ」
「どうも、二年の月ノ下です」
それぞれに自己紹介を済ませたところで高坂さんも恐縮するように首を振る。
「いや、そんな。同級生の友達だけじゃなくて、他の人にもシルキーちゃんを紹介できるのは嬉しいです」
「し、シルキーちゃん?」
「あ、……はい。シルクみたいに真っ白なので、シルキー……と呼んでいるのです」
そう言いながら高坂さんは口を滑らせて変なことを言ってしまったという風情で顔を赤面させた。
どうやら彼女は件のぬいぐるみに名前を付けているらしい。何というか、事前に聞いていたイメージどおりメルヘン趣味がある女の子のようだ。
それとも、それくらいそのぬいぐるみに愛着があるということなのだろうか。
彼女からすれば、自分を運命の相手に結び付けてくれたマスコットのような存在なのだからそう思うのも無理はないのかもしれない。
彼女が「それでは行きましょうか」と先導して歩き出したので、僕らは「ああ、よろしく」と後に続いて足を踏み出した。
手芸部の倉庫があるという作業教室棟の二階の廊下は、裏手に丘があることもあって日が入りにくく薄暗い。そして細長い直線の回廊には同じような特徴のない扉がいくつも並んでいて何となく非日常的な雰囲気が漂っている気がする。
前を歩く高坂さんは「あれ、ここだったと思うんですが」ときょろきょろしながら扉の一つに鍵を差し込んでいたが、どうやら開かないようだ。
この辺りの教室は部活の倉庫として使われているようだが、案内板のようなものは表示されていない。
彼女が目的の教室の扉を開けることができたのは、さらに二回ほど鍵を別の部屋の鍵穴に間違えて差し込んだ後だった。
「ああ、ここです。失礼しました」
彼女はあたふたとした様子でガチャリと扉の鍵を開ける。
「……なるほど、こんな感じか」
僕と明彦は高坂さんの後に続いて部屋の中に足を踏みいれた。
元々は普通教室として作られたようで、四角い空間に机と椅子がいくつか置かれている。入口は僕らが入ってきたところの他にもう一つあって、その辺りも普通教室と同じ構造だ。
また教室の壁際にはパーティションというか間仕切りがあって、使う規模に合わせて教室を二つに区切ることもできるようである。
多分何かのレクリエーションか特別授業のための場所として作られたが、あまり使われなくなったので部活の倉庫になっているということなのだろう。
段ボールなどが積み上げられて壁が隠れていて雑多な印象がある。また奥の教壇がある辺りには他にもトロフィーやら編み物のスティックらしい棒やらが転がっていた。
しかしその反対側の一角。
窓際にぬいぐるみが置かれている、その場所だけが違う雰囲気を放っていた。
そのウサギのぬいぐるみは愛らしくデフォルメされたデザインで、雪のように真っ白なドレスを着せられてサイドテーブルの上にちょこんと座っている。また小さな瓶に入れられた造花がそえられていて、そこだけは誰かの思い入れがある場所のように感じられた。
「これが噂のぬいぐるみなのか」と明彦が興味深そうに目を向ける。
僕もまじまじと改めて観察した。
「ふうん、かわいいデザインだね。よくできている」
「ええ。手作りなのにこの出来栄えですから。私も作った人の愛情を感じました」
「え、手作りなのか? これ?」
「はい。タグとかもないですしどこのメーカーのものでもありません」
「それなら確かにすごいな」
「初めて見た時に、こんなに可愛いのに人の目に触れない倉庫の中にポツンと置き去りにされているように思えて何だか可哀そうに思えたんです。といって自分のものでもないので勝手に持っていくのもどうかと思いまして。それで、時々ここに来て嫌なことがあったり悩んでいることをこの子に話したりしていたんです」
高坂さんは少し恥ずかしそうに、しかし自分にとって大事な宝物をさらけ出すような調子で語る。
「そうしているうちに何だかかけがえのないものに思えてきて。気になっている人とも仲良くなれたし。……私としては縁結びをしてくれた守り神みたいなものです。でも、いろいろ不思議なところもあるんですよね」
「不思議なところ?」
僕は高坂さんを振りかえる。
「私は一か月ほど前にこの倉庫に入ってこの子を見つけたんだけど。ずっと前から置かれていたにしてはずいぶん綺麗だな、と思っていたんです。そこの造花を入れた瓶もそうですが」
「誰かが最近この部屋に入って置いたものだって言いたいのかな」
「……でも、ですね。この倉庫の鍵の貸出状況を見る限りでは一年近く誰も出入りしていなかったはずなんです」
そういえば明彦から聞いた話では誰が持ち込んだぬいぐるみなのかわからないという話だった。
誰も出入りしていなかったはずのところに、ぬいぐるみが急に現れたということになるのだろうか。しかも埃にもまみれておらず妙に綺麗だという。
考え込む僕をよそに明彦が横から口を挟む。
「ところでさあ。その縁結びのお願いっていうかおまじないというのはどうやるんだ?」
「はい。あのう、私がやってみたらたまたま上手くいった方法なので、ちょっと変かもしれませんが。……放課後にシルキーちゃんのところに相手の名前と好きな相手への気持ちとかその人としたいことを書いた手紙を置いておくのです」
「それで?」
「次の日にもう一度この部屋に来ます。すると手紙が無くなってシルキーちゃんが、そこのおうちの中に入っていて。それが願いを聞き届けてくれた証だと思っています」
「シルキーちゃんのおうちっていうのは?」
明彦が眉をひそめると、高坂さんは隅っこの段ボールを指さした。
「ほら、あの人参の絵が描いてある箱のことです」
「ああ。あれ?」
そこにあったのは人参のイラストと産地が表示された段ボールだ。おそらくスーパーマーケットなどの配送に使われていたものではないだろうか。
「はい。あの中に入っていたら願いが叶えられるということなので、お礼におうちから出して今座っている台の上にもう一度置いてあげます」
「ちょっと待ってくれないか? 何かこう、色々気になるんだけど」
話を聞いているうちに僕はどうも疑問がいくつも湧いて出てきた。
「何ですか?」
「さっきもう一度部屋に来たら『ぬいぐるみが箱の中に入って』『手紙が無くなっている』ということだったけれど、それって要は他の人が入り込んでいるってことじゃないか?」
「でも、うちの部でこの部屋に出入りする人はほとんどいないんですよ。ここ数週間では私と、あとは一緒に入ったクラスの友達ぐらいで……」
「でも、それじゃあ『ぬいぐるみの位置が変わって』『手紙が無くなる』なんてことあり得ないじゃないか」
誰もいないのにぬいぐるみが動いて手紙が無くなるなんてあるものか。
「ええ。……だからシルキーちゃんが手紙を受け取って、相手に気持ちを伝え届けたあとで自分の家に帰って休んでいるんじゃないかと」
「そ、そうなのか?」
「だって、実際私がおまじないをしてみた時には鍵の貸出表をみても他に鍵を借りた人はいませんでしたし。そういう不思議なことがあったって……いいじゃないですか」
そう言われるともう正面切って否定するのもどうかという気持ちになってきた。
いや高坂さん自身は悪い子ではないのかもしれない。ただ彼女がぬいぐるみに対する愛着と、このぬいぐるみのおかげで好きな男子を付き合えたという結果から、かなりこの「シルキーちゃん」に強い思い入れを持っているのはわかった。
僕としては正直信じられないが。
そんな僕の心を読み取ったわけでもないだろうが、高坂さんは眉をひそめながら言葉を続ける。
「実はぬいぐるみに興味を持って一緒にここに来た友達の何人かも私と同じおまじないをしたのです。でも上手くいかなかった人もいて、その子たちはただの思い込みなんじゃないかと疑っているんですよね」
「上手くいかなかったというのはどういう事なんだ?」
「つまり手紙がそのまま残っていたりして、おまじないに失敗した子ですね。結局、縁結びも結果が出なくて……いい結果にならなかったからおまじない自体を無意味なものだったことにしたいみたいです」
「……ふうん」
正直、高坂さんの言っていることは現実離れしているので否定したくなる同級生たちの気持ちもわかる。
「それで、ここしばらくはシルキーちゃんにお願いをする人もいなくて。……もし良かったら月ノ下さんも試してもらえませんか?」
「え?」
「私としてはおまじないの力は本物だと証明したいのです」
僕は困ったように明彦を見ると、彼は「いいじゃねえか。やってみろ」と後押しするようなことを言いだした。
思わず明彦に近づいて小声で尋ねる。
「明彦、どういうつもりなんだ?」
「ほら、ここで何か胡散臭いことが起こっていないか確かめるのが目的でもあったからな。実際にそのおまじないとやらが本物なのか試すのが一番だろ」
彼はさも当然のように頷き返した。
だからといって僕がやる必要もない気がするが、高坂さんが「どうでしょうか」と期待するようなつぶらな瞳でこっちを見つめていて、何だか断るのも悪い気がする。
「……わかった。やるよ」
僕はしぶしぶ頷いたのだった。
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