第28話 新聞部室にて

 人通りの少ない放課後の廊下に僕らの足音が静かに響く。


「それで、新聞部の悪口を書き込んでいたのが誰なのかは分かったの?」


 隣を歩いていた星原が尋ねた。


「見当はついているんだけど、はっきりさせるには日野崎の協力が必要なんだ」


 少し後ろをついてきていた日野崎が僕の答えに意外そうな顔で自分を指さして見せる。


「え? あたしの? 良いけど何を協力すればいいの?」

「大したことじゃないさ。僕の質問にみんなの前で答えてもらえればいいんだ」


 そんなやり取りをしているうちに僕らは目的の場所、パソコン教室の前に到着していた。


 僕は「失礼します」と声をかけて扉を開ける。


 教室の中にはパソコンが二十台、整然と並んでいる。そしてその一角で新聞部員たちがパソコンに何やら文章を打ち込んでいた。


 そのうちの一人、清瀬が立ちあがって憂鬱そうな目で僕らを見やった。


「何だ、君たちか。……何の用なんだ。こっちは立て込んでいるんだが。ただでさえこの間の悪質なコメントの件も未解決のままで悩んでいるところだというのに、今週分の記事の執筆も遅れている。君たちの相手をしている暇なんて」

「そのことだが、誰が悪口を書き込んでいたのかわかったんだ」


 彼女は僕の言葉に一瞬黙り込んで、大きく目を見開いた。


「…………何だって?」


 僕の発言は、清瀬だけでなく他の新聞部員たちにも衝撃を与えたらしく、数秒遅れて他の新聞部員たちもこちらに目を向けてきた。


 緊張感と不穏な空気が漂う中で、前に新聞部を訪れた時に日野崎の応対をした保谷部長が立ちあがり、僕にツカツカと近づいてくる。


「ええと、月ノ下くんと言ったか」

「はい」

「今の話は本当なのか」

「ええ。僕と友人で、起こっていたことを説明する準備があります」

「なるほど。……この一件にはうちの部とその部員の名誉がかかっている。冗談やからかい半分なら相手にしている暇はない。君の話をあてにして良いんだろうね」

「……それは内容を聞いて、あなた方がどう受け止めるかによりますね」


 今回の真相を明らかにすることは、必ずしも彼らにとって良い気持ちをもたらすことにはならないかもしれないと僕は考えていた。けれどこのままの状況が続くよりはましだろう、と多少憎まれる覚悟でここに来ていたのだ。


 保谷部長は僕の言葉を聞いて眉をしかめる。


「何だか持って回ったような言い方をするなあ。……まあいい。そういうことなら時間を作ろう」

「そうですか。それじゃあ小一時間ほどで済ませようと思います」





 新聞部員たちが使用しているパソコン机のすぐ隣に僕らは腰を下ろした。


「まず、今回の件でもっとも不可思議な点から説明しましょうか。……先日、悪質なコメントをしている投稿者のアクセス解析をした結果『IPアドレス』と『ドメイン』がわかった。しかしドメインが学校のものなのにどういうわけか、パソコン教室のIPアドレスに一致するものがない。しかも書き込んでいるコメントについては深夜に投稿されたものもある。どうしてこんなことができたのか、ということなんだ」


 僕の指摘に清瀬が頷いてみせる。


「ああ、そのことだね。確かに何故あんなことができたのかわからない。実は外部から先生のパソコンをハッキングでもしてそこから書きこんでいるんじゃないかとも考えていたんだが。そんな高度な技術を使ってまですることが、あんな嫌がらせだというのも考えにくくてね」

「その事なんだけれど。あの後知り合いからも意見を聞いて、あれは『ボット』いわゆるネットワーク上で自動的に動くプログラムなんじゃないかと考えたんだ」

「ボットだって?」


 清瀬はポカンと口を開けて驚愕の表情を見せる。一方その隣で保谷部長が「ふうむ」と唸っていた。


「なるほどな。それならば深夜でもコメントを書き込むことはできる。しかしIPアドレスの方はどうなる」

「それについてですが、うちの学校は去年の夏にパソコンを買い替えましたよね。その時にデータ移行のために古いパソコンを何台か引き続き使用することになっていた。そして、その時に予備で発行されたIPアドレスを与えられた端末からボットを発信したと考えれば説明が付きます」


 清瀬が「パソコンの買い替え。ああ、確かにそんなことがあったな」と頭に手を当てて呟いた。


「ということは、犯人はその入れ替えの時のどさくさで古いパソコンを持ち出していたわけだな。だが、それだけじゃあ特定は難しいじゃないか」

「それがそうでもないんだ」

「どうしてだ?」


 彼女は僕の言葉に首をひねる。


「SNSで決められた言葉を呟く自分用のアカウントを作るのならいざ知らず、人が作ったホームページにボットでコメントを書き込むとなると、そのホームページの構造を把握したうえでボットのプログラムを自作しないといけないんだそうだ。つまり、たかが嫌がらせをするにしてもそれなりのハードルになる。……だけれどね、いるんだよ。『最初からホームページの構造を知っていて』『プログラミングもできて』『半年前に部活を辞めた時点で買い替え前の古いパソコンを使用していた人間』が」

「部活を辞めた? まさか!」

「うん。新聞部のホームページにコメントを投稿するボットを作ったのは大泉先輩だったんだ」


 僕の言葉に新聞部員の面々は唖然とした表情になり、日野崎は目を丸くした。ただ、星原だけ何となく察していたらしく、いつものすまし顔である。


「ほ、本当か? 月ノ下くん」


 保谷部長に僕は「はい。昨日、本人から直接話を聞いてきましたから」と答えた。


「待ってくれ。確かに彼は不本意な形でうちの部活を去ったかもしれないが、何故そんな馬鹿げたことを」


 大泉先輩は新聞部内で意見こそ対立して去る形になったが、人格的には信頼されていたのだろう。保谷部長は「そんなことをする人間だったなんて信じられない」とでもいうように首を振った。


 だが最も劇的な反応を示したのは清瀬である。


「あいつめ! 私がうちの部の悪質なコメントについて聞いた時に『自分は悪口を書き込んでなどいない』と言っていたくせに。良くもぬけぬけと!」


 苛立ちまぎれに立ちあがると、彼女は教室を飛び出そうとする。


「おい、清瀬。どこに行くんだ?」

「決まっているだろう。あの男をとっつかまえて文句を言ってやる。あんな低劣な罵詈雑言を毎日のように書き込んで! その罪、許しがたい!」

「結論を急がないでくれ。……僕は『ボットを作ったのが大泉先輩だ』と言っただけだ。悪口を書き込んだのが大泉先輩だとは言っていない。現に大泉先輩自身も『悪質なコメントを投稿したこと』についてはやっていないと否定していたんだろう?」

「どういうことだ? ボットが投稿したんだから、大泉自身が悪口を書き込んだわけじゃないとでもいうつもりか? 作ったのがあいつなら同じことじゃないか」


 僕は昨日、大泉先輩自身から聞いた「新聞部にコメントを投稿するボット」を作った動機について改めて説明することにする。


「……半年前、清瀬の『報道は声なき大衆の意見を代弁するべきだ』という意見に対して、大泉先輩は『新聞の役割はあるがままの事実を伝えることで、大衆の総意を名乗るのはその本分を超えている』と反論して仲違いをした。そしてその後で彼は支持を得られなくて新聞部を去った。そうだよな、清瀬?」

「あ、ああ。その通りだ」

「大泉先輩はそのことについて、さらに突き詰めて考えていたんだ。『仮に大衆の意見を報道に反映させるにしても、その大衆の多くが間違った価値観に染まっていることもある』と。だから『大衆の意見を代弁するのが本当に正しいのかを客観的にみられるように、集団の意見を集約してリアルタイムで発言する存在を作れないか』とね」

「何が言いたいのかさっぱりわからないが」と横で聞いていた保谷部長が首をかしげる。


 僕はここで新聞部員たち全員に改めて向き直った。


「順を追って説明します。……まず、あの新聞部のホームページに投稿された悪質なコメントですが、同じ人間が書き込んだにしては内容がバラバラで一人称も異なっていました。先日、星原……僕の友人が気が付いたんですが。実はあれはインターネット上のうちの学校関連の匿名掲示板からの書き込みで新聞部に関するものを引用していたんです」


 僕は携帯電話を操作して、例の匿名掲示板の画面を見せる。


「ここに書き込まれたコメントを見てください。新聞部のホームページに書き込まれたものと同じです。……他にもSNSなどでもホームページに書き込まれたものと一致するものが見つかりました」


 星原が僕の説明を補足する。


「つまり、大泉先輩が作成したボットは『悪口を書き込むためのボット』ではなかった。生徒たちの裏表のない本音の評価を集めるために『ネット上で新聞部についての発言を集めて、コピーペーストして新聞部のホームページに投稿するプログラム』だったというわけね」

「ああ。そういうことだ」


 大泉先輩は危惧していたのだ。


 清瀬の「大衆の意見を代弁する」という考えは元々は大衆の考えを社会に訴えるためという目的だったのかもしれない。しかし実際は、読者の一体感や肯定感を満足させて支持を得るという目的にすり替わっているんじゃないか。


 そこで彼は「新聞部に対する読者の意見や印象をリアルタイムで反映させて、集団的な意志を可視化してみよう。そうすれば、群衆の価値観が間違った方向に進んだときにはそれが自然と判ってくるはずだ」という発想に至ったのである。


 そのためにインターネット上で天道館高校に関する匿名掲示板を探して、新聞部に対するコメントだけを集めてホームページに投稿させたのだ。


「本人曰く『大衆の意見を代弁するのが正しいっていうんだったら、これもその形の一つのはずだよな』という清瀬への皮肉でもあったそうだ」


 いうなれば大泉先輩は善悪を考えずに大衆の総意を代弁すればどういう結果をもたらすのかを教えようとしていたわけだ。


 僕の話に聞き入っていた保谷部長は、力なく椅子にもたれる。


「なるほど。それでホームページにコメントを投稿するボットを仕掛けてからうちの部を去ったと。確かにあいつにはそういう悪戯っぽいところがあった」

「じゃあ、あの悪質コメントの数々は大泉先輩が書き込んでいたわけではなかった。ボットが不特定多数の人間が書いた新聞部への評価を集めて投稿していただけだったのか。しかし、それなら私が悪口を書き込んでいる人間について心当たりがないか聞きに行ったときに、大泉先輩も何か教えてくれればいいものを」


 清瀬が若干腑に落ちない様子で、眉をひそめた。


「それについて本人に聞いたら『清瀬の取材力を試したかった』のだそうだ。悪口を書き込んだのが自分か、ではなく書きこむボットを作ったりしなかったか聞かれていたら素直に答えるつもりだったと言っていた」


 僕の言葉に自分が試されていたことを悟った彼女は面白くなさそうに、顔を引きつらせた。


 また、それまで無言で話を聞き入っていた日野崎が軽く右手を上げて尋ねる。


「じゃあ、つまりあの書き込みはあくまで不特定多数のコメントを大泉先輩がボットを使って集約して発信したものであって、誰か一人が執拗に悪口を書き込んでいたわけじゃなかったということなの?」


 だが僕は彼女の発言に首を振って否定する。


「いいや。それがちょっとややこしいところでね。……『悪質なコメントを投稿し続けた人間はちゃんと別に居る』んだ」


 僕の発言にその場にいた全員が一瞬沈黙する。


「……何だって?」


 清瀬が驚愕した表情で僕を凝視した。

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