第24話 犯人はボット?
茜色に染まった稜線が窓の向こう側からこっちを見下ろしている。
僕らは学校近くの停留所からバスに乗って、最寄りの駅へ向かっているところだ。
外の風景に目をやりながらも今日起こった出来事について考えを巡らせる。
「一体どういう事だったんだろう?」
僕の呟きに一つ前の席に座った日野崎が振り返って答える。
「確かにすっきりしない話ではあるね。……まあ、あたし達には直接関係のないことだけれど」
「一見すると怪奇現象じみた出来事にも思えるわ。でも、あくまで書き込みがされたのはネットワーク上のことなのよね。だから知識と技術があれば何かしらの方法で出来そうな気はする。……ただ、ね。私もこういう情報技術的なことは詳しくないから、断言はできないわ」
コートとマフラーを身にまとった星原が僕の隣で見解を述べた。
彼女にしては歯切れの悪い言葉だが、さすがの星原でも全ての物事に精通しているわけではないのだから仕方がない。
どちらかというと色々な雑学に通じているがゆえに、多面的な考え方ができるところからくる状況分析が彼女の得意分野だ。
やはり、こういう事はある種の専門家に聞かなければはっきりしたことはわかるまい。
そんなことを考えているうちにバスは目的の駅に到着していた。
何とも言えない重い空気のまま僕らが駅の構内を歩いていると、唐突に溌溂とした明るい声がかけられる。
「お姉ちゃん! 今、帰るところ?」
横合いから近づいてきたのは長い髪を両サイドで結んだつぶらな瞳の愛らしい女子中学生だった。
「やあ、
「……しばらくぶりね」
「星原さんも月ノ下さんもこんばんは!」
この少女の名前は
「お二人とも、どうかしたんですか? 悩むような顔をしてますが」
彼女は僕らの顔を覗き込んで、小首をかしげた。
すると日野崎が「ああ、そういえば」と巴ちゃんに話しかける。
「巴ってさあ。オンラインのゲームやったりイラストのサイトを見たりするよね。ちょっと参考に聞いてほしいんだけどさ」
「はあ……。何の話なの?」
中学生の巴ちゃんに今回の一件のようなネット関連の相談をしたところで実になる話が聞けるものだろうか。
いやしかし、彼女には確かイラストを描いてネット上に公開する趣味があったはずだな。あるいは僕らよりは画期的な意見が出るかもしれない。
「そうだな、巴ちゃん。……少し雑談に付き合ってくれないか」
僕は今日起こった出来事をかいつまんで巴ちゃんに語って聞かせることにした。
「……という状況だったんだ。こんなことがあるものなのかと思ってさ」
僕らは駅の構内に設置されたベンチに座って巴ちゃんの意見を伺ってみる。
「へえ、そういうことでしたか。でも、それって」
ひととおり話を聞いた彼女は眉をひそめながらも、あっさりとこう答えた。
「もしかしてボットというやつなんじゃないですか?」
ボット?
何だっけ、どこかで聞いたような単語だ。そうだ、一部のSNSで自動的に決められたメッセージを発信するアカウントのことをボットとかいうんじゃなかったか。
だが、そう言えば正確な意味はきちんと調べたことがなかったな。
「ボット? なんだい、それ?」
姉の疑問に巴ちゃんは人差し指を立てながらクールな仕草で僕ら全員に答えてみせる。
「ボットというのはですね。決められた行動を自動でするオンライン上のプログラムの総称です。ロボットみたいだからボットと呼ぶようになったらしいですよ」
何だか星原みたいな話し方をするなあ。そういえば巴ちゃんは星原に懐いていたが、もしかして影響されているのだろうか。
「例えばですね。私は一時期あるオンラインゲームをやっていたことがあったのですが。そのゲームでは特定の敵キャラクターを倒すことで『素材』が手に入るのです。しかし攻撃力や防御力を一ポイント上げるアイテムを作成するためにはその『素材』が二十個必要という設定でした」
「そうすると、より強い敵キャラクターを倒すために攻撃力を上げようとしたら、ひたすら同じ敵キャラクターを倒し続けないといけないということなの?」
星原の言葉に「そういう事です」と巴ちゃんは頷いた。
「何だか面倒くさそう」
「単純作業の繰り返しか。もはやゲームじゃなくて苦行じゃないか」
日野崎と僕はうんざりした顔でそれぞれ呟いた。
「ええ。そこでキャラクターを自動的に操作して同じ敵を倒し続けるプログラムを組む人が現われました。つまり放っておいても自動的に素材を集めてくれるわけです」
「なるほど。そういうのが『ボット』なのか」
確かにリモートコントロールされたロボットのようなイメージだ。
「はい。……しかしそうなるとゲームの運営者の方もボットを使うプレイヤーに合わせて難易度を調整するようになりまして。そういう技術がない私はついていけなかったのでやめてしまいました」
そこで星原が「そういえば」と思い出したように口を挟んだ。
「スマートフォンで質問すると受け答えをするAIがあるけれど、あれもボットということになるの?」
「そうです。あとはSNSの自動投稿なんかで使うのもボットです。検索エンジンがWebサイトの情報を収集するために使用するプログラムもそうですし、スパム業者がメールアドレスを収集するためのボットなんかもあるらしいです。転売業者がボットを使ってネットサイトのチケットを予約するという話も聞いたことがあります」
そういえばインターネットのホームページで機械ではなく人間であることを証明するため、画像化された文字列を入力しないとアクセスできないようにしたものをみたことがあるな。
つまりは良い使い方も悪い使い方もされているということのようだ。
僕と星原は顔を見合わせた。
「じゃあ、それを使えば学校のパソコンから夜遅くに書き込みをすることも可能ということになるのかな」
「だけど何で携帯電話や自分のパソコンを使わずに、わざわざそんなことをする必要があったのかしら? 自動的に投稿するプログラムまで組んで」
「ひょっとしてアク禁、いわゆるアクセス禁止の対策だったのかもしれませんね」
僕らの話を聞いていた巴ちゃんが補足した。
「アクセス禁止の対策? どういうことなんだ?」
「つまりですね。ホームページの管理者は迷惑なアクセスユーザーがいたらIPアドレスが判ればアクセスできないようにはじくことができます。しかし、学校の共用パソコンとなればアクセス禁止にはしづらいじゃあないですか。他の人がそのパソコンを使う時に新聞部のホームページを見られなくなりますし、犯人からすれば今度は別のパソコンから同じことをすればいいだけですから」
「なるほど」
そう考えると書き込んでいた人間はかなり計算高く用意周到とも思えてくるな。
僕が犯人像について思いを馳せていたその時、それまで黙って話を聞いていた日野崎が疑問を口にする。
「でもさあ。その肝心のIPアドレスが学校のどの共用パソコンのものでもなかったんだよ。これはどう考えたらいいのかな」
「ええと。IPアドレスって個人で利用する場合はプロバイダーにランダムに割り当てられたもので、同じパソコンでも時間をおいてからアクセスすると変わってしまうこともあるんだけれど……」
巴ちゃんは日野崎に記憶を探るように首をかしげながら答える。
「でも会社とかの場合はパソコンに割り当てられるIPアドレスは決まっていることが多いって聞いたことがあります。不正な行為が行われた時に特定できるようにするためだとか」
つまり組織や法人単位で内部のパソコンのためにインターネットの設定をした場合には、「使用者を監視する意味合いでIPアドレスが固定されているケースが多い」ということなのか。
「じゃあ、うちの学校のIPアドレスも端末ごとに決まっていたということになるよな」
僕の言葉に巴ちゃんも「はい、多分」と戸惑った表情で頷いた。
「『それなのにパソコン教室の中には該当するIPアドレスがなかった』となると、ひょっとしたら最初は学校のパソコンでボットを作成してネットワーク上で動かしていた。でも何かの理由で『そのパソコンはもう使われなくなってしまった』。だからIPアドレスが今では見つからないのかもしれません。……でも私も素人なのではっきりとは言えませんね」
彼女はそう言って申し訳なさそうにうつむいた。
「いや、巴ちゃんが気にすることじゃあないって。十分に参考になった」
「そうですか? それなら嬉しいですが」
巴ちゃんはそう言うと、はにかむように照れ笑いをして見せた。
とその時、星原が横で小さく呟く。
「……もしかしたら」
「何だ?」
「いえ、確か去年あたりにうちの学校のパソコンは耐用年数の関係でまとめて買い替えたのよね」
「買い替え? ああ、そういや夏休み明けに急にパソコン教室の端末が新しくなっていたような気がするな」
「ええ。でもそういう時ってデータの移行とかの関係でいきなり全てのパソコンを入れ替えるんじゃあなくて古い方のパソコンも一定の間は残して使ったりする。つまり予備のIPアドレスを用意しておくこともあるんじゃないのかしら」
「じゃあその時のどさくさで予備のIPアドレスが与えられた古いパソコンを誰かが持ち出した、とか」
そうだ。それならば悪口を書き込んでいたIPアドレスがパソコン教室の中にあるものと一致しなくとも説明がつく。
「あの繰り返すようですが、実際にボットを使えば学校のパソコンから新聞部のホームページにコメントを投稿できるのか、ということについても今のところただの私の推測ですよ?」
巴ちゃんは「自分が見当違いのことを言って迷惑をかけることにならないか」と心配そうな表情で僕を見る。
「なに。それならまず技術的なことも含めて、その辺りの事情に詳しい人間がいないかどうか明日調べてみるよ」
「そこまでするの? 別に清瀬さんが助けを求めたわけじゃないし、そもそもあなたには関係のない話でしょう」
星原が肩をすくめてみせる。
「そのとおりなんだけどさ。顔も知らないそいつのせいで濡れ衣を着せかけられた、というのが面白くないじゃないか。……誰の仕業かわからないとすっきりしないし」
「それにしても、たかが悪口を書き込むだけにしてはずいぶん手が込みすぎているよね」と日野崎が呆れたように呟いた。
「……それは確かに言えるな」
ここまでの推測が正しければ、悪質なコメントをするためだけにわざわざボットとやらのプログラムを作って、それを学校のパソコンをくすねてどこかからネットワーク上に送らなくてはいけないのだ。
何かそこまでしなくてはいけない事情か、あるいは私怨でもあったのか。それとも本当は他に目的があったのだろうか?
そう考えたところで駅のスピーカーから電車の到着アナウンスが響く。それを機に僕らはそれぞれ帰途に就くことにしたのだった。
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