第12話 白杖を掲げた女の子

 家に帰り、母親にアップルパイを渡しながら、言った。


「ラムールのアップルパイ。焼き立てがすごく美味しかったから、テイクアウトしてきちゃった。お母さんも食べて?」

「あらあらまあまあ、気にしなくてよかったのに」母親の声は、なんだか嬉しそうだ。

「それでね、今度お母さんも連れていらっしゃいって、マスターが言ってたから、行こう?」

「そうね、そのうちね」


 ***


 翌朝7時。彼の配信が始まる前に目を覚ましていた私は、スマートフォンを握りしめて配信を待ち焦がれていた。


――始まった。彼の声だ。私はすぐに用意していたコメントを送信する。


「おはようございます、昨日、アップルパイがすごく美味しい喫茶店に行きました」

「花ちゃんおはよう。アップルパイが美味しい喫茶店なら、僕も知ってるよ。身バレしちゃうから、店の名前は言えないけどね。花ちゃんも、言っちゃダメだよ?」


 いつも通りの天気や気温や睡眠時間の話。が、少しコメントが少なかったため、時間が余ってしまった様子だった。彼は、「そういえば」と話し始めた。


「リスナーのみなさん。知ってるかな? 目の見えない人が持っている白い杖のこと。あれを高く掲げていたら、助けてください、って合図なんだ」


 コメントが「知らなかった」で埋め尽くされていく。私は無視されていたわけじゃないんだな、と思った。


「この間の雨の日、白杖を掲げたすごく可愛い女の子がいたから、少し助けてあげたんだ。みんなも是非、可愛くない男の人だろうがなんだろうが、助けてあげて!」


 優しさと笑いに溢れるコメントが流れて行き、彼の朝の配信は終わった。


 ***


 雨の日。白杖を掲げたすごく可愛い女の子。……私なわけはないだろう。でも、もしかしたら――いや、そんなことはない――彼が白杖のことを知っていたことに対する喜びと、彼が助けた”すごく可愛い女の子”に対する嫉妬。私は心をぐるぐるさせていた。

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