第四十一話 わたしたちの伊都くんの出番じゃないかしら

「何を言うかと思ったら。ようするに、テストなんてハナっから気にするなってわけね。なんだかちゃぶ台を返された気がするわ」

 円香が冷静に論評した。

「だな。そりゃ、テストの点がよかったらうれしい。悪かったら、気にしない。それに尽きるっちゃ尽きるわな」

 茉莉が身もふたもないまとめ方をした。

「そもそも『思考』するってどういうことか、きちんと定義しないと。いまいち伝わりにくいわね」

 怜子が知的なことを言い出した。蓮台寺が言い返せないで困っていると。

「わたしは、なんだか、すっきりしたなー」

 与那は、そう言って微笑んだ。作り笑いではなかった。

「そうよね。テストの点が高くてもいい人とは限らないよね。やっぱり、テストの点がいい人の集まる大学なんていらないね」

 蓮台寺はあせった。そう言いたかったわけではない。

「いやいや、大学で教授と双方向で話し合うことによってテストでは評価しきれない『思考』する力をですね……」

「教授と双方向? そんなこと、誰にでもできるの? 信頼してた先生が裏切らない保障なんてない」

 与那は、そう言ったあとで、ごめん、と小さくつぶやいた。

 蓮台寺は触れてはいけないところに最後の最後で触れてしまったようだった。

「あのね、与那。あなたは汚れたっていうけど、心は誰しも揺らぐものだわ。あなたは結局、そうしなかったんでしょ。それがすべてよ」

 怜子が与那に近づいてきて、その手を肩に乗せた。

「その選択で今の与那があるのよ。そこは自覚すべきだわ」

 与那の隣に座っていた円香は、与那の膝に手を載せた。

「殴りに行くんなら、手伝うぜ!」

 茉莉は、与那の空いている肩に手を載せた。円陣のようになった四人が、蓮台寺の顔を見た。

「ぼくに何かを期待しないでくださいね」

 そんな目で見たって気の利いたことなんて言えない、と蓮台寺は思った。これ以上虎の尾を踏むリスクを冒す気にはなれない。

 与那は、そんな蓮台寺を見て、くすっと小さく笑った。そして、言った。

「それがね、蓮台寺くん。実は、相談したいことがあるの。どうしようか迷ってたんだけど、やっぱりお願いしたいんだ」

 蓮台寺は、身構えた。

「柴田先生に呼ばれてるの。行かないと、単位を出せないんだって。どうしたらいいと思う?」

 与那はそう言うと、力なく作り笑いを作ろうとした。だが、笑えない。

「ほら、先週の水曜日ね。授業が終わったあと、柴田先生に呼び止められてね。いたのに返事をしなかったのは教師を無視する非行だ、とかで。反省の色を示さなきゃいけないんだって」

 柴田教授は、与那に気づいていなかったわけではなかったのだ。蓮台寺は、与那のメッセージを思い出し、何が「もう大丈夫」だよ、と思った。案の定、これだ。

「クソっ、あのスケベオヤジ!」

 茉莉が呻いた。

「間違いなく、今度も何かするわね」

 怜子の声は暗い。

「でも、一人で来いとは言われてないでしょ? そんなこと言えるはずないもんね。いくら与那でも、『一人で来い』って言われたら、さすがに行けないもんね」

 与那は、何も言わなかった。

「ってことは」

 円香が続けた。

「わたしたちの伊都くんの出番じゃないかしら」

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