融和
眼鏡
その夜は、何もしなかった。
同じベッドに互いの気配を感じながら、何度も眠った。朝が顔を出してから手にしたスマートフォンが、休日だと知らせた。
何度も眠った。そして何度も起きて、よく眠っている恋人の姿を確認した。ブランチの時間になって漸く、起きる気力が生まれた。
「おはよう」
いつの間にか起きていた葵は上半身を起こして微笑んだ。あぁ、今日も可愛い。
「おはよう、葵」
俺だけの天使が、困惑して顔を赤くする。
「いつから呼び捨てに変えたの」
「ん? 昨日」
「……そう」
頬を染めた葵の髪の毛を、わしゃわしゃと撫でた。「おい! 御影!」と払われたので、ここぞとばかりに押した。
「あのさ……絢斗くん……と呼ぶことは」
「致しません!」
落ち込む俺をよそに「もう昼じゃないか」と慌てた様子で寝室を出て行く葵の背中を目で追いながら、やっぱり幸せだと思う。こんな日を夢に見ていた。同じ夜を過ごして、同じ朝を迎えられたら、と。
「御影! 少し早い昼食に……なんだよ、まだ寝るのか。そんなにうちの会社は疲れるか」
「ん……」
瞬く間に遠くなった意識の向こうで彼が笑っている。額にキスを落とされた気がして、飛び起きた。
「!」
「なんだよ、今度は起きたのか」
ベッドの縁に腰掛けて俺を見下ろす彼を見て、思わず額に手を当てた。彼は照れくさそうに立ち上がった。
「昼食準備したから呼んだけど、無理に食べなくて大丈夫、食べたかったら来なよ」
「絢斗」と末尾に小さく付けられた昼食の誘いに、泣かされそうになった。また忙しなく出て行こうとする葵を後ろから力強く抱き締めた。少しフリーズしてから葵は「スープ冷めるよ」とぶっきらぼうに放って、回された腕にひたと手を添えた。
昼食を食べ終わってから、買い物に行こうと決めた。どう考えてもここで暮らすには食器が足りないからだ。フォークやスプーンは何本もあっても、箸は1膳しかない。それに誰か知り合いから貰ったというシャンパングラスはあっても、マグカップがない。調理道具はたくさんあるのに、なんだこの不均等に充実したキッチンは。
あと、今まで知らなかった葵も見えた。
「絢斗」
洗面台から声を掛けられる。
「そこの……コンタクトのケース……灰皿の隣に細長く繋がってるのあるだろ」
「え? 多分だけど何もないよ」
「マジで……?」
──彼が、眼鏡になりました。
「……何? そんなに見つめられても何も出ないから……早く出掛ける準備しろよ」
タートルネックの白いセーターに、金色で丸い縁の眼鏡を掛けている。それに、横髪から覗くロブピアス。眼鏡が洗練された色気に拍車をかけていて、思わず股間が疼く。
「……出掛けたくない」
「はい? お前が食器を買いたいってゴネたのが始まりなんだよ? しかもこの休みに買わないと月曜日から眼鏡になっちゃう。さすがに裸眼で仕事はできないから」
ハッとした。葵が会社で眼鏡なんてしようものなら、きっと。
――下野くん、眼鏡の君も綺麗だよ。
――そんなエッチな見た目しちゃって、誘ってるんですか?下野先輩
「あああああ! ダメダメダメ! 買いに行こうコンタクトレンズ!」
「絢斗が今くだらないことを考えたのだけは俺にも分かったよ」
そう、俺の恋人は目が悪いみたいだ。
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