めぐりあひて

「おい! 御影! 離して!」


 俺は御影の両手を掴み精一杯の力で応戦したが、今にもソファに押し倒されてしまいそうだ。


「女の子と違って力があるところが面倒」


 そう言って腕の力を強める御影。そろそろ限界だ。体格差もあるし、俺は何より最近めっきり運動しなくなった。力の差は歴然だ。


「はぁっ、はぁっ、やめて……」


「今から何されるか分かってる顔だね」


 ソファに押し倒されるのと、壁に押さえ付けられるのは、セックスの前触れと相場は決まっている。

 兄を思い出して涙が伝う。つらい過去でも何でもないのに、当たり前の日常だったのに。




 ──自分が、大嫌いだ。




 今も悲劇のヒロインのように涙して、同情で御影に諦めて貰おうとでもしているようだ。違うのに、違うのに。止まらない涙に憎悪が募り、御影と兄を重ねている自分に殺意が芽生えた。






    いっそ、死んでしまいたい。
















 高校2年生の夏だ、御影と会ったのは。独り図書室で本を読んでいると、グラウンドで走り回るサッカー部が見えた。



 ──いいなぁ、青春って感じ。



 活字に目を戻すも、ふと気になって顔を上げてしまう。



 ──あの茶髪、ゴール決めるかも。



 感動の瞬間をこの目で捉えようと思った。小説のインスピレーションになるかも、と思ったに過ぎなかった。そして、ゴールは想像よりずっと早く決まった。遠くから歓喜に満ち溢れた声がする。放課後のひと時、グラウンドの砂埃が羨ましく思えた。


 その時だ、初めて目が合った。茶色の髪の毛が振り返って揺れた。図書室から眺める俺のことを見て、石像のように固まった。流動的で風のようだった彼が自分のせいで固形になったことに、慌てふためいた。



 ──な、なんだよ。俺は何もしてな、



 そう思ったが、彼は走り出して見えなくなった。あ、逃げられた。そう思った。俺みたいな「汚れた子」が見ていたら駄目だったんだな、と心の中で自分を嘲笑した。




       汚れきった白




 俺だって、こんな風になりたかったんじゃない。でも拒まなかったんだから、俺の心はもうずっと前から汚れていたんだろう。

 遠くから地響きが聞こえて、目を閉じた。殻の中に独り、幸せな空間。外からの不穏な空気に身を震わせた。




「はっ、はっ、はっ……見つけた」


 それは突然だった。「あの」という声に、殻はいとも容易く破れて砕けた。


「下野葵くん、だよね。隣のクラスの」






 それは、あまりにも綺麗な紅茶色だった。

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