第38話 本性
「……なるほど。そういうことか」
ひとしきり刑部姫の話を聴き終えた後、道山は静かにそう頷く。
「納得してもらえたであろうか……?」
恐る恐る尋ねる刑部姫であったが、正直なところ彼女は道山がどう出るのか予想がつかず不安でいっぱいであった。
そして、それは隣にいる佳祐も同じであった。
二人が道山の次なる一言に緊張する中、彼はそんな緊張を吹き飛ばすように笑顔を浮かべて笑う。
「はっはっはっはっはっ、そうかそうか。そういうことならば致し方ないだろう。刑部姫」
痛快に笑いながら道山はその顔に見たこともないような晴れ晴れとした笑みを浮かべて宣言する。
「お前さんがその人間と組みたいというのなら仕方あるまい。少し残念じゃが、儂はお主とのタッグを諦める。『戦国千国』の漫画担当はまた別の者を見つけるとするさ」
「で、では――!」
「ああ。好きにするが良い。儂との漫画制作は打ち切り、その者と一緒にお主の好きな漫画制作を続けよ」
道山からのその一言に刑部姫も佳祐もその顔に笑顔を浮かべ、共に手を握り笑い合う。
これで二人が懸念していた問題は解消され、無事先に進める。
自分達は共に漫画制作に打ち込めると。
「すまない、道山。そして、感謝する。では、わらわ達はこれで失礼を――」
「おお、少し待ちなさい。刑部姫。その前にこれをお主に見せないと」
「? なんじゃ、これは?」
そう言って道山が笑顔のまま突き出したの何かの書類――否、契約書のようなものであった。
道山はその契約書を握り締めたまま、ある一文を指さしながら告げる。
「何ということはない。ただの契約書じゃ。ほれ、ここにある一文があるじゃろう。『儂、道山との漫画制作を行う際、それを途中で反故、放棄した際は刑部姫に一千万円の違約金を払うものとする』と」
「…………へ?」
突き出されたその書類と一言に刑部姫は背筋が凍るのを感じた。
そして、それは隣にいる佳祐も一緒であった。
「というわけで刑部姫よ。儂との漫画制作を反故にするというのなら、ここに書いてある違約金――今すぐ払ってもらおうかのぉ」
そう宣言したぬらりひょんの表情は満面の笑みから、人を謀り陥れることに悦を見出す極悪人のそれへと豹変する。
そして、それを前にして刑部姫は蛇に睨まれたカエルのように縮こまる。
「い、いや、じ、じゃが! しかし、そ、その……! わ、わらわはそんな契約書にサインをした覚えはないぞ……!」
「サイン? はてさて、奇妙な事を言うのぉ。それは人間の流儀。我々あやかしの流儀とは異なるであろう。そもそも我々あやかしに取って、同胞との口約束はそれ自体が契約のようなもの。我らは人間と違い、互いにその領分を侵さぬ。だからこそ、約束事というものも口頭での誓いだけで十分であった。つまりお主は儂と共に漫画を描くと宣言した。それだけで契約としては十分。それを反故にしようというのじゃ、これは立派な契約違反であろう?」
「うっ……」
突きつけられた契約書を前に刑部姫は動けない。
いや、道山のプレッシャーと、その口から発せられる言葉がまるで魔術のように刑部姫を拘束して逃がすことを許さなかった。
そんな刑部姫を前に道山はまるで獲物をいたぶる蛇のように舌なめずりをしながら告げる。
「さあ、それでは一千万円払ってもらおうかのぉ。もし、それが無理ならお主には儂と共に漫画を描いてもらうぞ。ああ、なんだったら儂の漫画を描きながら借金返済するのも良いな。最もその場合は単行本の売上もそれなりに行ってもらわねばなぁ」
「ど、道山、お主……最初からそのつもりであったのか……ッ」
自らにそう迫る道山に刑部姫は下唇を噛みながら問いかける。
それに対し、道山は狡猾な笑みを浮かべ答える。
「刑部姫よ。なにもあやかしを利用するのが人間だけとは限るまい。人が人を利用するように、あやかしがあやかしを利用するのも世の理。儂はそうやって様々な人間、あやかし、それらを利用し、この人間社会において地位を築いたのじゃ」
そう冷酷に宣言する道山を前に刑部姫は思わず一歩後ろに下がる。
「さて、それでどうするのじゃ? すでに出版社の方に儂からお主と組むと連絡をして、向こうもそのつもりで動いておる。これを今更覆すのは出版社側にとってもかなりの迷惑になるじゃろう。お主にそれだけの迷惑を謝罪するだけの費用があるのか? ん?」
「くっ……」
道山のその挑発に、しかし刑部姫は言い返せない。
そしてそれは佳祐もまた同じであり、そもそも一千万円を払う宛などもない。
このままでは刑部姫は道山の元でいいように使われる。
だが、それでは佳祐と刑部姫との二人の共同制作はもう出来ないであろう。
「……すまない。佳祐よ。これはわらわは問題じゃ……。もともとわらわが勝手にこやつと組もうとしたのが問題。これにお主を巻き込むわけにはいかない……」
「!? 刑部姫、お前……!」
そう諦めたように宣言し、道山のもとへ近づく刑部姫。
もはやこれまでかと諦めかけたその時。
「――待ってください」
ふと、この場に声が響く。
振り向くとそこに立っていたのは意外な人物であった。
「雪芽さん……?」
そこには息を切らしながら、長袖にマフラーを巻いた白髪の女性――雪女の白縫雪芽が立っていた。
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