第34話 竜に向かう流星を見た噺

 新種のドラゴン、後にブラストアークドラゴンと言う名だと判明する、飛竜から放たれるドラゴンブレスは炎をまとい、それをかわして前に出れば、今度は翼を振るいトルネードを発生させる。


 ミルはグレートソードの一振りで相殺し、もう一振り、ドラゴンに向けて衝撃波が飛ぶ。


 大剣の放つ波が届く直前、落雷がドラゴンを襲う。


「なに? ウイックの技? もう完成したの?」

「違う、あれはあいつの防御能力だ。こちらの攻撃が当たる前に身に纏ったんだ」


 二人はドラゴンの足下まで来るが、上空の敵を前に、こちらの遠距離攻撃では、効果を発揮しない事を思い知らされる。


「どうするんですか、ミルさん?」

「大丈夫よ。私たちの役目は時間稼ぎ。あいつの気さえ引いていれば問題ないわ」


 突如ブラストアークドラゴンは羽ばたきを止め、急降下すると局地的な地震が発生、岩塊が弾き飛ばされる。


「分かりましたミルさん。このドラゴンは先ほども精霊力を吹き飛ばしたのではなく、今も吸収を続けているんです」


 その力を使って攻撃を仕掛けてきている。だからいつまで経っても精霊力が回復せず、決定打を生み出せない。


「精霊力以外のエナジーが薄いから、私の技も威力が弱いし」


「私は精霊力以外のマナを扱った事がないので、すみませんミルさん」


 飛んでくる岩塊を拳で破壊しながらイシュリーは、打つ手のない事に弱気が心を締める。


「精霊力が戻せれば、騎士団の術を当てにできるのに、一体どうすれば……」


 それでもミルは攻撃をし続けるべきだった。


 ブラストアークドラゴンは二人に興味を示さなくなり、飛翔するとこの場で一番理力が高い位置に意識を向ける。


「しまった! まだウイックからは合図が来ていないのに」


 二人にドラゴンを足止めする術はない。


 距離を置いたウイックはまだ腰を落としている。


 覚悟を決めるのは今すぐしかない。ミルには迷っている時間がない。


「もう、これしか……」


 なのにまだ体が拒否して、うまく動く事が出来ない。


「だから無理すんなって、ここのケリは俺が着けるって言っただろ」


 耳元に届くウイックの声、大海洋界では冒険者の間で必須のアイテム、“疎通そつう護符ごふ”を使って連絡してくる。先ほどの落雷の時もこれを使って教えてくれた。


「二人ともサンキューな。後は俺に任せてくれ!」


 これでもう一安心だと胸を撫で下ろすイシュリーと、別れ際にわざわざ弱点をさらけ出したことが気に掛かるミル。


 二人の心を思いやることなく、ウイックは向かってくる飛竜を不敵な笑みで出迎える。


「二人とも俺とこいつの軸線から離れてくれ。この術は真っ直ぐに飛ぶから横に回避してくれらばいい」


 二人以外のメルティアンがいない事は、確認の上でここに移動し、理力も高まり全ての準備は調った。


「後は体が保つ事を祈るだけだ。いくぞ!」


 両手を前に手の平を相手に向けて、そこへ理力を集中し、一気に前方へ押し出すイメージを固める。


 ウイックから放たれた理力砲“秘弾ひだんの秘術”、希代の秘術士が持つ最大火力の術が発動し、超巨大な理力弾がブラストアークドラゴンを飲み込む。


 それはまるで大地と水平に飛ぶ流星のように尾を引いて、飛竜を飲み込み遠く飛び去っていく。


「なんなの? こんなの一人の人種ひとしゅができる事なの?」


 ただの一発で跡形もなく消し飛ぶ新種の竜。


 辺りは静けさを取り戻し、空気をも震え上げていた邪悪なオーラも掻き消えていた。


「あらあら、あんなに簡単に、ワタクシのブラストアークドラゴンを消し飛ばしてしまうなんて、ウイックさん非道いではありませんか」


「ミリンちゃんじゃあなかったのかよ。てかお前、帰ったんじゃあなかったのか?」


 広げた黒い翼で静かに舞い降りるエルラム、ウイックは言葉に反して、やっぱり来たかと言う顔で迎えた。


「こんな面白い出し物を見ない手はありませんよ。ワタクシとしてはウイックさんが止めを刺したのに意外性はないのですが、それで何故まだ正気を保っているのですか?」


 計算通りの結果と計算外の状態。益々ウイックへの興味が深くなる。


「このまま大団円もつまらないですね」


「んだよ。まだなんかするつもりか? 流石にこれ以上は付き合いきれないぞ」


 飛竜退治のために、再び外していたブレスレットを填めるウイックはもうヘトヘト。今はこの虚勢を張るのが精一杯。


「そんな事言わずに、これが最後なのでお付き合いください」


 エルラムはメダリオンを取り出し、ウイックに近付いた。


「なんだ、くれる気にでもなったのか?」


「いえいえワタクシなりに考察を致しまして、貴方の“操体そうたいの秘術”がどんなものなのかを、自分の刻印を元に推測を立てたのですが」


 ホンの少し前に受けたばかりの技の解析ができた? あり得ない話なのだが、これは単に想像が正しいのかを確認に来たと言ったところだろう。


「おいおい、お前勘違いがあるんじゃないか? 操体は……」


「ええ、女性でないと掛からないのですよね。ですが貴方は別です、ウイックさん」


 へたり込んでいる男に、覆い被さるように身を屈めるエルラムは、手にしたメダリオンをウイックの胸の魔晶石に押し当てた。


「てめぇ、エルラム!?」


「いい夢をご覧ください。ウイックさん」


 異色の錬金術師の浮かべる狂気の笑みを最後に、ウイックの意識は閉ざされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る