第17話 罠を見抜き、自ら墓穴にはまる阿呆の噺
ウイック達が通された貴賓室は、今まで見た事もないような煌びやかさで、一人では落ち着けない絢爛さ、個室のお風呂もあり、専用のメイドの控え室も備えている。
「本当にすげーな。地熱を利用して常時入れる風呂か。温泉ってやつだな。こりゃあたまらんわ」
メイドさんにも暇を取って貰って、誰もいない風呂場で“
声を掛けるまでは絶対入ってこないように、強めに言明したはずなのに、浴室の入り口が開く音がして、人影が一つ、大きなタオル一枚を纏って入ってきた。
「男の入浴時を襲うなんて、どんな教育受けてんだ。いや、男はここにはいないんだから、そこは突っ込みどころじゃあないか」
ウイックは男の姿である事に慌てることなく、珍客を全裸で湯船から上がって出迎えた。
「エレノアさんだったか?」
男の裸体を正面から凝視できず、険しい顔の高官は顔を背け、赤面状態を落ち着けるために深呼吸した。
「近衛隊長のエレノア=カシムです。女王陛下の側近として執務官も担っております」
年齢は女王と同じ二十三歳。見た目はウイックと同じ十五、六歳。
体つきはまだまだ発展途上だが、間違いなくウイックの守備範囲である。
「お体を流させていただきます」
「それも執務の一つなのか?」
明らかにウイックを男として見ている行動を取っている。
だけどそういった経験があるとは思えない。
何かの知識で得たのだろう色仕掛け、色欲まみれの脳を持つウイックでも、警戒が必要な事は容易に想像できる。
「私も陛下と一緒に宝玉で神殿でのあなた方を見ていました。私は女として魅力はありませんか? ビーストマスターにしていたような行為は、私にはしてもらえないのですか?」
誘いの言葉としても、目線を外して恥じらう姿も、男の下心をそそるものがある。
「いや、魅力的ではあるが俺は娼婦を頼んだ覚えはない。一応は客人として扱ってもらってるんでな。面倒事を起こすつもりはないさ」
温泉を十分に堪能し、体も温まっている。
そろそろ出てもいいかと思っていたのだが、ウイックは腰にタオルを巻き洗い場にある椅子に腰を下ろす。
「でもそうだな。背中を流すくらいはしてもらおうか」
男の背中を眺めながら、自分の巻いていたタオルを外し、真後ろに経つと膝を付いて頭の高さを合わせる。
男に聞こえるのではないだろうか? と言うほどに生唾を飲み込んで、深呼吸をすると、ゆっくりと体を前に屈ませる。
「なにが狙いか、大体想像つくけどよ。こんなあからさまな事されても、思い通りに動いてやる事はできねぇよ」
背中に感じる二つの膨らみの弾力、鼓動の高鳴りが聞こえてきそうなほどの、かなりの緊張が伝わっくる。
「えっ、なに?」
気が付けば、男の背中は目の前からなくなり、預けた体が前に傾く感覚が生まれたかと思えば、いきなり現れて椅子のお陰で倒れずには済んだ。
何が起こったのかと辺りに注意を向ければ、背中に人の気配を感じる。
「鏡に映った自分の顔見て落ち着きなよ。俺を貶めようとしたって、器じゃないぜ。あんたは」
ミルには遠く及ばなくとも、イシュリーよりも張りを感じる触り心地に夢中になってしまったウイックは、エレノアの大声に駆けつけた警備兵により拘束され、城の牢獄に押し込まれてしまった。
「してやられちまったよ。こうも簡単にあんたの思惑にかかっちまうとはな」
声を上げてから警備兵が入ってくるのに、あまりに時間差がなかった。最初から脱衣所にいた事は間違いない。
「お前が思った以上にバカだったことは想定外であったが、これでここから追放することができるだろう」
気を利かせて、客人の背中を流しに行ったら襲われた。
例え何もなかったとしても、女王陛下への報告だ。ウイックがどんな訴えをしたとしても側近からの証言と、どちらが信用されるかなんて、比べるまでもない。
ましてや痴漢行為が事実とあっては、言い逃れはしようがない。
「ここまでされる理由が分からないな。俺たち昨日会ったばかりだろう?」
男を知らない女性に初めての恥辱行為は、どうやら咎められていないようだ。
もしウイックが女体のままで、エレノアを辱めていたのなら、この状況にはなっていなかったのだろう。
「黙れ! 陛下に対し、あれだけ無礼な態度を取り続けたお前は極刑に値する。まだ命があるだけ有り難いと思え」
昨日の謁見の間からずっと抑えてきた思いをぶつけられ、取り付く島はないようだ。
「ははは、そうかそうか、そいつは申し訳なかった。どうも粗雑にできてるもんでな」
すごい剣幕で鉄格子にかぶりついてきたエレノアに、ウイックは素直に謝罪する。
興を削がれ、我に返るエレノアは赤面を自覚して顔を背ける。流石に牢屋に入れるのは遣りすぎたと冷静になって後悔するが、もう後戻りは出来ない。
「すまんなウイック。ここまで騒ぎが広まっては、私の一存でお前をここから出してやることはできんのだ」
取り敢えず城内で抑えることはできているが、男がこの世界に入ってきたと、事情を知らないものがまだ騒いでいる。王都中に広まるのも時間の問題だろう。
「女体化していてくれれば、誤魔化しきれるとは思えるが、事態が沈静化するまではそうも言えんだろう」
精器転性の法は、獣王の神殿のように設備を整えた場所でしか刻めない、それ以前に自力で解除できるウイックには、再施行も意味はないだろう。
「騒ぎが起きている中、お前達をポータルまで連れて行くのも、それなりに準備をしなくてはならないのでな。窮屈かもしれんが……」
「いいか女王様、俺はしばらくここでゆっくりさせてもらうから、連れが探索をする時間を欲しい。ミル、イシュリーも頼めないか?」
「そうね。洞窟の魔物討伐は正式に引き受けたんだし、いいわよ。あんたの代わりに宝探しの方も隅々まで見てきてあげる」
事の成り行きを見守っていたミルが牢屋に近付く。
「けれど無理だと思ったら、すぐ引き返してくるわよ」
どの規模の洞窟で、どのような魔物の相手をしなくてはならないのか判らない。秘宝探索は二の次、討伐も身の危険を感じるようなら引き返す事も有りと、女王との取り決めで約束されている。
「あ、あの……私もいますから……」
今日の今日まで神殿を守ることしか知らなかったイシュリーに、宝物探しのことは分からない。それでも……。
「わ、私がお役に立てることがあるのなら頑張ります」
ティーファから許可が下り、二人が快く引き受けてくれた。
ウイックにできることは、これ以上問題を起こさずに、ここで待つことだけになった。
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