第14話 エピローグ

 某国から日本へのミサイル攻撃から、一ヶ月が経過した。

 連日、どうして百発ものミサイル攻撃が行われたのか、ニュースやワイドショーでは色々な推測がなされていた。第三次世界大戦への引き金だの、某国が日本に向けた実質の開戦宣言だの、どれも真実を知っている豊からしたら、見当違いの憶測でしかなかった。

 日本政府は某国に向けて、それなりの経済措置を取るつもりらしい。ミサイルを撃ち落としたことによる防衛費が掛かったためだ。しかし、水面下では「もう某国にはほどんどミサイルは残っていない」とアメリカに情報を渡したと噂されていた。

 泣きを見たのは、某国だ。今は無きAIエーアイアトカースに勝手にミサイルを発射され、経済措置を取られる。おまけに、軍備の主力である、弾道ミサイルと核ミサイルはあらかたなくなってしまった。中国に頼るという手もあるが、今回の勝手なミサイル攻撃で中国の怒りも買っているようだし、先立つ物もないはずだ。しばらくは、某国も大人しくなるしかないだろう。

 そして、二週間も経つと、ニュースやワイドショーは別の話題に切り替わり、目に見える被害の出なかったミサイル攻撃は忘られつつあった。一ヶ月後には、ほぼミサイル攻撃の話題は出なくなっていた。

 豊は支度を整えると、カフェ・ハッピークローバーに向かった。

 カフェに入ると、すでに沙羅が待っていた。テーブルにはすでに紅茶が置かれていた。豊は沙羅の向かいの席に座る。

「久しぶり!」

「久しぶりだね。日本を救った救世主!」

 沙羅はいたずらっ子のような顔でそう言った。

「それは、お互い様じゃないか」

 豊はそう言ってリュックをイスに掛け、やってきた店員にコーヒーを頼む。リュックの中には、もちろん小型パソコンが入っている。

「あれから、どうしてる?」

 豊が聞く。

「相変わらず、姉さんの亡霊に取り憑かれてるわ。そっちは?」

「僕も相変わらずさ。鬱病うつびょうはそう簡単に治らないし」

 豊の答えに、二人はアハハと笑う。

「日本を救ったっていうのに、締まらない二人ね」

「そんなもんだよ。自分を救うのはそう簡単じゃないさ」

 店員が豊のコーヒーを運んでくる。湯気の立つコーヒーカップをテーブルに置くと、店員は去っていく。

 沙羅は急に真剣な顔を作ると、豊に質問する。

「もう、本当に終わったのよね?」

「あぁ、僕が持っていた最後のアトカースも削除した。他には存在しないはずだ。そのために、中原泰裕なかはら やすひろの家にあったオリジナルも潰しに行ったんだし」

 豊はそこまで言うと、コーヒーに口をつけた。

「ただ、LOSERルーザーシステムは放ったらかしだけどね」

LOSERルーザーシステムってなんだっけ?」

中原泰裕なかはら やすひろが作ったネットワークを介して、増殖するソフトウェアだよ。そして、LOSERルーザーシステムが入ったパソコンの処理能力を少しづつ借りて、処理能力を向上させる。だから、アトカースは某国のミサイルシステムのハッキングなんてことができたってわけ」 

「放ったらかしでも平気なの?」

LOSERルーザーシステムを使うのは今のところアトカースだけだし、ネットワークでばら撒かれちゃったから、もう消しようがないんだ。LOSERルーザーシステムを悪用しようとする人間が現れなければ大丈夫かな。そのうち、世界中のパソコンにこっそりLOSERルーザーシステムが入ってるかもしれないね」

 そう言って、豊は肩をすくめた。

「ふーん」

 沙羅は分かったのか、分からないのか掴めない表情を作る。豊としては、なるべく簡単に言ったつもりなのだが。

「ねぇ。結局、中原泰裕なかはら やすひろはアトカースを使って何がしたかったの?」

 沙羅が疑問を投げかける。豊も顔をしかめて、思いを巡らせる。

「うーん、世界を変えたかったのか。自分がいない世界を壊したかったのか。アトカースは悪意に満ちたAIエーアイだったけど、作った理由は分からず終いだったね」

 家の最奥にあった彼の秘密基地のような部屋にも、アトカースを作る理由のような物を見つけることはできなかった。死を意識して、自暴自棄になったからだろうか?その答えが分かることは永遠にないだろうが。

 気が付くと、沙羅も顔をしかめていた。

「アイドルの方は?ライブとかないの?」

 豊は話題を変えようと、沙羅について聞く。

「近いうちにあるわ。……来てくれる?」

 沙羅はわざとらしく上目使いで聞いてくる。

「あぁ、もちろん。でも、無職のままじゃダメだね。仕事を探さなくちゃ」

 流石に仕送りだけでは、アイドルのライブには行けないだろう。普段の生活だけでギリギリなのだ。いくら地下アイドルでもライブに行くには、仕事をしなくては。幸い鬱病うつびょうも良くなって来ている。それに、いざとなれば動けることも分かった。本当にいざとなればだが。

 沙羅には相変わらずと言ったが、豊の中で何かが変わったのかもしれない。沙羅もミサイル攻撃以降、何か変わったのだろうか。

「沙羅は、まだ死にたい?」

「そうね。双子の姉のことを考えるとね……。双子って特殊なのよ。変なテレパシーみたいに、なんとなくお互いの考えてることが分かったりするの。それが急にいなくなったんだもん。体が半分になっちゃった感じがして気持ち悪いのよね」

 沙羅は言い終わると、紅茶を一口すすった。

「あなたは、まだ死にたい?」

 豊は眉間にしわを寄せて、答える。

「うーん。僕の場合は、病気だからね。気圧の変化や落ち込むことがあると、そんな気分になったりするよ」

「……そうなんだ」

 突然、沙羅の表情が明るくなる。

「ね、それじゃ、お互いがお互いを死なないように見張るっているのはどう?」

 どうやら、沙羅にも変化はあったようだ。そんな提案ができる気持ちになれたのだから。「いいけど、いつまで?」

 豊はキョトンとした顔で聞く。

「それは……」

 それだけ言って、沙羅は顔を真っ赤にした。

 流石にそんな赤い顔をされれば、いくら鈍感な豊でも察することができる。みるみる豊の顔も真っ赤になる。

 しばらく、二人とも無言になる。二人の間に甘酸っぱい空気が流れていた。

「じゃあ、お互い無期限で見張るということで……」

 豊が切り出す。すると、沙羅は再びいたずらっ子のような顔を作る。

「ん?それって、どういうこと?……ちゃんと言ってくれないと分からないなぁ」

 と言いながら、沙羅はニヤニヤと豊の顔を見つめる。

「何か、ずるい!」

 思わず立ち上がりそうになる、豊。沙羅はますますニヤニヤする。

 豊は深呼吸すると、意を決して口を開いた。

「お互いのことを見張りたいので、付き合ってください!」

「はい!よろしくお願いします」

 急に真剣な顔つきになった沙羅は、そう言って頭を下げた。つられて、豊も頭を下げる。

 まだまだ、これからも二人には、おそらく色々な試練が待っているだろう。しかし、お互いがお互いを見張り、自殺しなければ、大概のことは乗り越えられるはずだ。今回のAIエーアイが起こした事件を被害なく対処できたように。

 少なくとも豊はそう信じている。そして、沙羅も同じ考えでいてくれると信じている。人間、死ぬ気になれば、大抵なんとかなるものなのだから。

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DAI 今井雄大 @indoorphoenix

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