17 異形の王

 



 赤銅色しゃくどういろの肌をう、金の線。

 割れた陶器を接いだような金色の模様が首から腹、腕から肩へと縦横に走り、その身を彩る。金接ぎの線は別の線と交わり別れ、また重なり、太く濃く、体の一か所を目指して伸びていた。


「赤い石」


 ルクセルの一言が、静まり返った部屋へと落ちる。それに応えるがごとく、金の線に指し示された石は深紅の輝きを放つ。

 波紋のように、ゆらりと光って見せた赤き石は、王女へと背を見せた赤玉せきぎょくの王の体を貫くようにして、肩甲骨の間から生えていた。


「化け物は、あなただわ!」


 思わず声を上げ、王女は目をそむけた。

 異形の王を貫く石は、この王国で採れたどんな宝石よりも見事な色と、つるぎのごとき鋭利な結晶を成している。しかし、その輝きの禍々まがまがしさたるや、今まで見たどの宝玉とも相容れない。石を宿した者共々、美しければ美しいほど存在のいびつさが際立った。


「そう。化け物だ、赤い石の」


 王女に賛同したルクセルは、赤玉の王の顔を真正面から見つめて続けた。


「赤き聖なる石、カーバンクルス。天の恵み、神の石。それを自分たちで生み出そうと、神のまねごとをした者が手にした、偽りの力。君は、それで動いている」


 相対する者が何であろうと、向かい合う者を君と呼ぶのが、旅人の流儀であるらしい。ルクセルは赤玉の王の重大な秘密をいとも簡単に、淡々とした口ぶりで語った。



 カーバンクルス、燃える石。

 火にくべた石炭のように光を発し、天から落ちてきた星のごとくに赤々と輝く、奇跡の石。その赤は炎のようでいて、決して燃えない、神の石。



 宝石の原石を採掘することで栄えた国の王女は、その石の名を、おとぎ話として聞いて育った。

 まぼろしの石は不意にその姿を人の前へと現し、選ばれし者に祝福を与えるという。手にした者に幸運を授け、絶えかけた命のともしびをも復活させることができると言い伝えられた、伝説の宝玉だったはずだ。


 赤い石を探す旅の中で、その石の名を聞かぬわけにはいかなかったのだろう。旅人は、己の命の炎を永遠に灯し続けたいと願う者たちの、愚かしい行為も聞き及んでいた。


「カーバンクルスは、ひとつではないと聞いた。その多くは不死になりたい者たちに、人に生み出された偽物だ。まがい物の燃える石に、偽物のカーバンクルスのために、多くの間違いが起こった」


 永遠の命のためと石を奪い合い、相手の命を絶とうとも争うことを止めぬ者。聖なる石を生成するためと間違った方法を信じ、数多あまたの命を奪う者。

 失われた真の神の石と、その模造品を求め、いくつもの過ちが繰り返されては、多くの人が死んだ。


 聖なる石カーバンクルスをめぐる中で、再び灯したものよりも遥かに多くの命がいともたやすく葬られ、永遠に失われた。

 その果てに、偽りの聖なる石から偽りの命をもって生まれた異形の王が、さらにまた多くの人の命を奪おうというのだ。


「偽りか偽らざるかは、お前がここに来て確かめると良い」


 胸の赤い石に触れ、異形の王はそう言って、旅人を見つめ返した。


「お前は、赤い石を探しに来た。だが、お前はなぜに、この石を求める? そんなにもこの石に詳しいのは、なぜだ?」


 ルクセルはまた、すぐには答えなかった。前にいる者の整った顔を、黙って見つめる。異形の王の胸の、赤い石の鋭利な輝きから目を離すと、側の書架へと手を伸ばす。


「それは、ここへ書いてある」


 ルクセルが取り出して中を見せた古い本は、表の革も中の紙も風化して、開かれた途端に崩れ落ちた。しかし、崩れた本は朽ちるとともに己の破片を舞い上がらせ、風を吹かせた。


 風は紙片を刃に変える。今や知る人もない、いにしえの魔法がよみがえり、魔封じの本は最期の力を解き放った。


 無数の刃が、赤玉の王を襲う。魔術に通じた異形の王はたじろくことなく、炎をまとわせた剣を一振りして、風の刃を焼き切る。

 炎に散らされた風に、紙の刃の灰とすすが舞う。その只中に飛び込んできたルクセルは、切り返してきた一閃をもぐり込むようにして屈んで避け、剣の柄を握る赤銅色の手を、拳で突き上げた。


 宙へと跳ね上がった剣。その柄を跳び上がってつかんだのは、王女の手だ。自身を囲む宝玉のくさりを真上から断ち切り、着地と共に前へと転がって、異形の王から距離をとる。

 ばらばらと散った赤い石は床を跳ねて滑り、風に揺れるろうそくの明かりを受けて、炎のような輝きを放った。


「その石を! 早く、行け!」


 ルクセルの声に、王女は顔を上げる。赤玉の王に右肩をつかまれた旅人が相手の右腕を抱え込み、足止めを図るのを見た。


 自身は一度、負けた身だ。またもこの身を囚われでもしたら、ルクセルを縛る鎖は自分になってしまう。宿敵を前に、二対一でと頭をよぎりもしたが、王女は組み合う二人へ背を向けた。

 床に散らばる赤い石を、王女は両腕を目一杯使ってすばやく拾い集め、そで口に押し込む。すぐさま立ち上がり、出口へ駆けた。


 城を揺るがす雄叫びが上がる。


 獣たちが吠えたかのような轟きは、兵を迎え撃つためだろう。娘の背を見送った父は、地上で報復戦に備えるより、この場でとどまって最後まで戦うことを選んだのだ。

 王女は部屋の外へと、城の外の戦場へ向かって駆け出した。背後からは決戦の幕開けを告げるがごとく、材木が砕け散る音が響いた。









 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る