ユキエ VS

第5話「VSシルバーウルフ その1」

 ピピピピッ! ピピピピピッ!


 仮面の怪物は腕につけた籠手から鳴り響く電子音で目を覚ました。


(う、うう、気を失っていたようだが、なんとか生き残ったようだ)


 まだ少し朦朧とする意識の中、怪物は籠手のスイッチを押す。


――やぁ! バーサス。生きているかい? ちょっとキミに手伝って欲しいことがあるんだ。


 籠手には通信機能がついており、女性の声が鳴り響く。


「エリザベスか。今死にそうだ。あとにしろ」


 バーサスは一方的に通話を切ると、体に積もった枯れ草を退かしながら、致命傷になりかけているであろう腹部を見る。


「ん? 止血されている。そうだ――」


 バーサスは完全に意識を失う前、ぼんやりとした意識の中での出来事を思い出す。

 

(意識を完全に失う前、あのカップルたちの声が聞こえたな。止血と身を隠しておいてくれたのか)


 明らかに多くの枯れ葉を見つめ、ふっと仮面の下で微笑む。

 

 バーサスは表情が元に戻ったのを確認すると、先の通信の主、エリザベスへと連絡を入れる。


――おっ。生きてたようだね。朗報だ。それで、用件なんだけど、ちょっと皆殺しにしてほしいやつらがいるんだよね。


 コンビニにお使いに行って来てといった気軽さで物騒な内容を告げるエリザベスに対し、いつものことだと言わんばかりに、そのまま話を進める。


「構わんが、条件がある」


――ああ、その条件はOKだ。


「まだ何も言っていないが?」


――バーサス。キミが私の電話より治療を優先するのは、新たな敵に出会った場合だ。それも戦士とは認められない獣やモンスターに出会った場合に限られる。その相手は私が皆殺しにしたい相手と十中八九同じ勢力だろうからね。


「なぜ、戦士をはぶいた?」


――いや、キミなら相手が戦士なら治療より先に突撃するだろ。


 バーサスは、なるほど確かにとエリザベスの推理に感心しながら、次の言葉を発した。


「そうだ。こちらにはゴブリンというモンスターが出た。そこまで分かっているなら条件も分かっているな。武器がほしい。それと仲間もいればそれに越したことはない」


――OK。了解だよ。武器は少し待ってほしいが、仲間のあてはある。バーサス、キミの拠点としている森の近くにキャンプ場があるのは知っているな。そこの外れに今は使われていない寂びれた別荘がある。そこで合流だ。


「わかった」


 バーサスは通話を切ると、手頃な木の棒を拾うと、2、3度振った。


「かなり心もとないが、ないよりマシだな」


 獣のように気配を絶ち、別荘へ向かって歩きだした。



「ここか?」


 指定された場所にバーサスは廃墟とまでは言わないが、ドス黒い雰囲気に包まれた荒れた別荘を見つけた。


 果たしてここでいいのかと、エリザベスの姿を探していると、


「ッ!!」


 強烈な殺気を帯びた視線に、思わず木の棒を構える。


(何かが、我を狙っているな)


 バーサスは構えたまま、ジリジリとすり足で動き、近くの樹に背中を預け、襲撃方向を限定する。


「…………」


 しかし気配はするものの一向に襲い掛かる様子はない。


(こちらを警戒しているのか?)


 バーサスはこのままではらちが明かないと思っていると、のん気な声が掛けられる。


「やぁやぁ、バーサス、もう来ていたのかい。ところで、そんなところで棒なんか構えてどうしたんだ?」


 その声の主は、絶世の美貌を兼ね備えた美女にして食人鬼のエリザベスだった。

 隙だらけのその姿に殺気の主が動かない訳がなく、エリザベスの背後から銀色の影が襲う。


「なるほど。いい囮だ」


 バーサスは大きく振りかぶって木の棒を投擲とうてきする。

 エリザベスはその行動に驚くでもなく、そのまま微動だにせず棒が自身の顔のすぐ横を過ぎていくのを見送った。


 ガスッと鈍い音を立てると同時に、「きゃうん!」という声が聞こえた。


「ふむ、後ろから私を狙っていたのか」


 エリザベスは振り返り、倒れている襲撃者を観察する。


「銀色の狼。シルバーウルフってとこか。ゾンビにゴブリン、それにウルフね。いよいよもって完全に異世界ファンタジーの世界だね」


 エリザベスはまじまじと見てから、シルバーウルフを掴むと、コートが汚れるのも気にせず体に引き寄せズリズリと引きずりながら別荘へと連れ込む。


「どうする気だ?」


「えっ? それは当然、まだ生きているみたいだし、人質、もとい、狼質だけど」


 バーサスは仮面の下で表情を歪め、「この外道め」と吐き捨てた。

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