四 闇の中で見たもの
四
かくして古城戸を追う太古の創造神
俺は広大な通路の
しばらくすると、左腕にセーターの感触。古城戸がくっついてきたのだ。あいつも相当怖がっている。顔があるであろう方向を見てみるがやはり何も見えない。
「古城戸?」
声を掛けてみるが、やはり闇に吸われてしまう。
お次は胸があるであろう場所に右手を伸ばしてみる。セーター越しに柔らかい水風船のような感触。実に素晴らしい。
その瞬間顔面に衝撃。暗闇の中で正確にパンチを打ってきやがった。こいつ見えてるんじゃないだろうな。さらにもう一発蹴りが俺の左ももに来る。
左腕に掴まっていた古城戸はどこかに離れてしまった。下手すると命綱を切りかねない。
遊んでいる場合ではない。俺はもう一度周りの気配を探る。
五分は経っただろうか、もっとかもしれない。単に俺の時間の感覚が狂っているのか。
突如、かつて天地を裂いた
「おいおい、負けるんじゃないだろうな!」
俺は叫ぶが当然声は闇に飲まれていく。腰の命綱が引かれるのを感じる。古城戸も緊張しているらしい。
その時、再度闇が裂け、今度は
一方
闇が裂けたその瞬間、
突如、首を掴まれ俺の身体が浮く感覚。思わず首を掴んだものを掴み返すが、逆に手が焼けるように痛んだので反射的に離す。首が千切れそうに痛い。
俺は絶叫するが、悲鳴は闇に吸われ音にならない。叫んだせいで余計に呼吸が苦しくなる。俺が持ち上げられたことで古城戸も引っ張られたのか、命綱が繋がる腰に重みを感じる。
どうやら
意識が遠のきかけたとき、ふいに首が楽になり、俺は足から地面に落下した感覚。暗闇で何も見えないが、
数瞬後、同じように五回引かれる感触。古城戸も無事だ。俺はそこから動かず膝をついてしゃがんでいることを選択。
それからまた五分程度経過しただろうか。通路全体が前触れなく晴れた。
安心するも束の間、
「ヤバいぞ!」と絶叫するが、喉が渇ききって声にならない。声が出ていたとしても闇に飲まれているだろう。
古城戸が下がったのか、俺の腰の命綱が引かれる。そのとき、目の端にチラリと牛頭が見え、俺の心臓が凍り付いた。先ほどはまだ二十五メートル以上の距離があったはずだが、瞬きをした瞬間に古城戸の目前まで来ていたのだ。『どこでもドア』で脱出するはずが、この距離まで詰められたら抵抗しようがない。俺は死を覚悟した。
「……是我唯一能……忙的……候了…………」
何も聞こえないはずの闇の中、不意に耳のすぐそばで、獣の唸り声のようなものが聞こえた。数瞬で中国語だと気づいたが、俺には意味がわからない。恐怖のあまり歯が震えるが、音はしない。
そのとき、命綱が三度引かれる合図。古城戸は唸り声の意味がわかったようで、脱出の合図を出してきたのだ。すぐに、強く引かれ、俺はそちらに歩いていく。
手探りで『どこでもドア』を抜けると、事務所の屋上だった。暗闇から解放されて、生き返ったようだ。
古城戸はドアを閉め、精魂尽き果てたようにふらふらと非常階段の扉に向かって歩き出す。
『どこでもドア』は閉めると空間接続が断たれるので、
俺はピンと張った命綱に引かれてよろける。俺も足が震えて満足に歩けなかったのだ。
「お、おい」
「ああ、ごめん……」
古城戸は振り向きもせず手だけあげて謝る。非常階段の扉を開け、中に入ると命綱を外す。気力が少し戻ったのか、二人とも歩き方はしっかりしてきた。
暗闇の中で少しセクハラらしきことがあったが、恐怖のあまり忘れてしまったようだ。
「さっきのアレ、なんて?」
「ああ、今回だけだぞってね」
「なんだ話せる奴じゃないか」
「兄に支配されたのがよほど悔しかったのね。義理を果たしてくれたんだと思う」
「義理?」
古城戸の返答の意味がわからず聞き返す。
「強者ならではのプライドってやつかしら」
そこまで聞いて、俺は古城戸が言っている意味がようやくわかった。操られていたとはいえ、従ったからには反故にはせず一度だけ手を貸した、ということか。反故にすることは、負けを認めることになると。古城戸はそういうことに気がつく。俺は言われるまでわからなかった。
「なるほどね」
「あー、もう喉がカラカラ。三回くらい死んだと思ったわ」
俺も乾いた笑いが出る。古城戸は胸に手を当てて咳をしていた。
「まったくだ。確実に寿命が縮まった」
「本来の力量だと盤古のほうが強いはずだけど、目も身体も、ほとんどの力を失った状態だったから、
古城戸はこの結果は予想していたのだろう。万全ではない盤古になら勝ち目があると。
事務所の外に出ると、古城戸は疲れた様子でバイクを出した。いつもの青いYAMAHA YZF-R3だ。乗りなれたバイクに乗りたいということだろうか。
「さて、邪魔者も片付いたし、仕事はこれから。皆本の夢に侵入よ」
R3はタンデムするには小さいが、文句は言わない。と、タンデムするかと思ったのだが、もう一台バイクを出した。HONDA VTR。
「ミッションはもう忘れたぞ」
やむなく俺が文句を言うと、ゴミを見るような目で俺を見てくる。今度は白いHONDA PCX 150を出した。
古城戸はR3のエンジンスタート。いつもの二気筒音が響く。さらにギアをローに入れると、二回空ぶかしをする。
俺もPCXのスタートボタンを押す。が、かからない。
「左ブレーキを握りながら押すのよ!」
R3のエンジン音の中、声を張り上げながら古城戸があきれたように言ってくる。そんなこと知るかよ。
「そうなのか?」
「エンジンスタートした時に急発進しないようにブレーキが掛かってないとエンジンが掛からないようになってるの」
「俺が昔乗ってたカブにはそんなのなかったぞ」
そう言いながら左のブレーキを握り、再度ボタンを押すと今度はかかった。静かで上品な音だ。
古城戸のR3が流れるように進み、俺もそれについていく。速度は排気量が小さい俺に考慮して抑えてくれているようだ。
俺たちは事務所から再度新宿に向けて走り出す。もうあの恐ろしい
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