三章
一 家族写真は貴重なものである
一
東京に戻って一週間、事務所で古城戸から新しい依頼の話があるから小田急新宿駅に行ってこいと言われた。
古城戸は別の用事があるらしく、俺一人で行くらしい。
新宿小田急前のバスターミナル前にあるLouis Vuittonの前が待ち合わせ場所だ。打ち合わせは喫茶店などでは行わない。どこで聞かれているかわからないから、俺の車(古城戸が出した車だが)で走りながらする。盗聴器や録音を雑音で強力に妨害する装置が設置されているので安心だ。あまりに高級車だと目立つから、今日は白いトヨタプリウスだ。これなら街中走っている。
バスターミナル前に車を進めると、Vuittonの前に一人の女性が立っていた。歳の頃は二十五歳から三十歳程度。髪型はショートカットで、白いワンピース。白い日傘を差し、サングラスをかけている。女性側にも白いプリウスと伝えているので、俺の車に気付いたらしい。
助手席に近寄ってきたので、ドアを開けてやる。 女性は日傘を畳んで車に乗り込んでくると帽子を脱ぎ、サングラスを外した。
俺は静かに車を発進させる。行先は特にない。話が終わるまでその辺を流す。
「特別国庫の由井薗と申します」
女性が黙っているので俺が名乗ると向こうも返す。
「皆本聖子と申します。あの…よろしくお願いします」
「では、お話は車の中でお伺いします。そのまま話してください」
女性は助手席で居住まいを正し、俺のほうを見たのがわかった。俺は運転しているので前を向いている。
俺はその女性の話に耳を傾ける。
「私の父は、国会議員の皆本喜一です」
皆本喜一といえば防衛大臣だが、先日病で亡くなったはずだ。享年五十四歳。早すぎる。
「確か先日……お悔み申し上げます」
俺は運転しながらがら頭を下げる。
「いいえ、ありがとうございます。その父がなくなった後に母から聞いたことがありまして」
「はい」
「実は、私は父の実の子ではなく、母の連れ子なのです」
「そうなのですか」
連れ子自体は今どき珍しいものではない。ましてや子供が幼い頃の再婚であれば事情を話していないことも十分ありえる。
「ここからが本題なのですが、私の実父は、安納総理なのです」
「ほう。法的に何か問題があったのでしょうか?」
「いえ。表向きは二十九年前に両親が離婚し、母はその半年後に皆本と結婚をしました」
俺は頷く。法的スキャンダルの話ではなかったようだ。
「当時、安納総理はまだ大臣でもなく、一議員に過ぎませんでした。当時の若くして大臣にまでなった皆本に、出世と引き換えに妻を差し出すように要求されたのです」
「それを当時の安納氏が呑んだと」
皆本聖子は静かに頭を縦に振る。
一国のトップという立場なら結婚を断らない女性は無数にいそうだが、略奪したくなるほどの女性だったということだろう。
「随分な話ですね」
「そうですね。庇うつもりはないのですが、安納にしてみれば断れば政治家としての未来は無かったでしょう」
「なるほどなるほど。それでご依頼の物とは何でしょうか?」
皆本は姿勢を正すと一つ咳払いをした。
「実は、亡くなった父と、母それと私の三人で撮影した写真というものが、これまでの二十九年間存在しないのです。母はおそらくは皆本を愛してはいませんでしたが、父は母を愛していたと思うのです。ですが母はなかなか心を開けず、実の父親と思って育った私とも壁を作ってしまいました」
そこで皆本は俯いた。
なんともセンチメンタルな話だ。俺たちの能力がこんな下らない事に使われるのが腹立たしい。
「親子三人の写真をご用意すればよいのですね?」
皆本はすばやく顔を上げ、縋るような目を向ける。
「なんでもご用意いただけると聞きましたが、こんなものでも大丈夫なのでしょうか?」
俺は一応聞いておくことにする。
「しかし、写真などどうしてですか?」
皆本は俺をまっすぐ見た。
「実は、私は来月結婚予定なのです。式に三人の写真が無いのはおかしいですよね?」
なるほど、結婚式はともかく、披露宴などのパーティでは家族の写真は必要だろう。大物政治家の娘であればなおさら規模の大きいパーティに違いない。父親が亡くなっているからもう親子三人の写真は撮れないという事情も一応はわかる。
「そういうことですか。大丈夫です。この後ですが、後日連絡するホテルにお母様とおいでください。そこに一泊していただきますので、積もる話などしていただければと思います。ディナーも付けさせていただきますので、お母様にはあなたからのプレゼント等の名目にしてもらえたらと思います」
皆本は涙を浮かべて頷いた。
「今日はありがとうございました」
「いいえ、こちらこそ。あとはお任せください」
俺は車を再び新宿バスターミナルに運ぶ。到着後、皆本は車を降りると何度もお辞儀をして去っていった。
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