第6話 ローリスクの果てに

 充はアールヴに教えられるままに、ナイフを使い蛙を捌くことになったのだが、その時間は実に一時間以上もの時間を費やすことになった。

 元々の世界で、肉や魚を捌くなどの経験がない彼、行うことの大半が未体験の事に他ならない。

 そして、その対象となる獲物は自分と同等サイズの蛙。

 最初は触るのも絶対に嫌だとごねてはいたのだが、脅迫ともとれるようなアールヴ本人が言う説得を受けることで、彼は泣かば強引に自分の心を落ち着けながら解体作業を行うことになった。


 「よし。とりあえず体は拭いて着替えたみてぇだし、準備ができたみてぇなら今から町に向かおうと思うんだけど問題ねぇーか?」

 「問題はないけど、ただちょっとですね……」

 「何だ?まだなんかやり直したことでもあんのか?」

 「えーっと……、実はと言うか、恐らくと言うか、緊張がとけたからだと思うんだけど、どうやらお腹が空いたんだけど……」

 「あー、腹へったのか。確かにあんだけ滅茶苦茶なると、腹も減ってくるよな~。ただなぁ、今ここで飯の準備をしても良いんだけどよ。こっから町まで歩いて暫く時間がかかるんだよ。多分だけどよ、今ここで飯準備して食ってから町に行くと日が暮れて店も閉まってると思うんだ。換金できねーとなると野宿ってのが頭にチラつくんだけどよ、それでも良いか?」


 充はアールヴに話をふられたが正直悩んでしまう。

 彼は今までの人生経験において野宿どころか、キャンプの経験もない。

 それにこの世界が夜になるとどういった変化をもたらしてくるのかと言う知識もなかった。

 恐らく危険度で言えば前にいた世界よりは遥かに危険なのでは、と言う考えはあるのだが具体的にはわからない。

 なので当然、野宿と言うのは出来ることであれば、避けたい選択肢だったのだが……


 それ以上に今の彼は腹が減っていた。

 死ぬつもりであった彼は、朝飯を食っていない。

 だが、予想だにしなかった突然の邪魔者アールヴにより、今を生きているわけであるが、ただ生きているだけではない。

 未知なる化け物との一戦を経験してしまい余計なエネルギーを消費した彼は、自身の感覚として活動限界も近いのではと思ってしまうほどに腹が減っていた。


 「あのー、ちょっと聞きたいんだけど……」

 「んー?なんだ?」

 「もし仮に、食事をとらないで町に行ったとしますよね?その場合、お店とかは確実に開いてますか?」

 「んー、多分、夕方になり始めたくらいにつくと思うんだけどよ。そのくらいなら、店もまだやってるとは思うんだよなぁ~」


 充にはアールヴの「思う」という言葉が引っ掛かっていた。

 彼が言う、食べないで移動して町についたとして店が開いているのは彼の「思う」という予測でしかない。

 それに食べずに言っても到着するのは夕方になり始め、食べていって町についても日が暮れているとすると、二つの間にはどれ程の時間の差が生まれるのだろうか?


 そして別な可能性として食べないで移動した場合、自身の体力が持つのかだろうかという問題も考えられる。

 体力が持ってアールヴの言う通りの結果になった場合は全く問題はない。

 だが自分の体力が先に尽きてしまい、結局町に辿り着く時間が遅くなってしまった場合は、踏んだり蹴ったりと言う結果になってしまうのではないかと考えられる。


 彼は、これらのことから自身の行動で最もリスクの低い行動と言うのは、一先ず飯を食うことなのではないかと導きだした。

 彼の選んだその行動は確かに野宿と言う選択肢を一番選ぶ可能性が高くなる。

 だが、それは彼にとって考えられるリスクと言うやつだ。

 食事をとらないで行動をすると、他の問題も招く可能性も同時に高くなり、これらのリスクのその多くは空腹という行動が招くリスクなのではないかと考え始める。

 自分が空腹になることで考えた通りに行動できない結果にリスクを招くのであれば、その時に対策をとろうと思った時も空腹のうえで考えなければいけない。

 そんな状態で自分に納得のいく解決策というのが思い付くのだろうか……

 

 (いや、思い付かないな。)


 「あー、ごめん。アールヴ、色々と考えてみたんだけど、やっぱ先に食事にしないか?」

 「そっかー、確かにさっきまでの状況とか見てるとよ。腹減るのが分かるぜぇ。まー、メインはお前の旅がメインだしな、お前が決めていくのがいいと思うぞ。分かった!飯にするか!んじゃー、今から準備すっからお前も手伝えよ!」

 「うん。分かった。ありがとう」


 充の中では、正直一瞬だがアールヴが難癖をつけてくるのではという考えが浮かんだのだが……

 結果は意外にも彼の考えにアールヴが同意をするというものだった。

 とりあえず自分の欲求を満たすことができると言う事実に胸を撫で下ろしながら、彼はアールヴの行動をサポートすることにする。


 「んじゃー、先ずは飯を作るに当たって、一番時間かかるのが火の準備だ。これからやるからな、もう少し近くに来いよ」

 

 そんな形でスタートした食事の準備なのだが……

 火をおこして湖の水を沸かし、その他の準備も終わりメインの食材の準備に取りかかろうとした時に充は気づいてしまった。

 メインの食材が蛙の肉であることに……


 先程はアールヴに言われて仕方がなく行った蛙の解体作業。

 それは、あくまでも仕方がなく行ったにすぎない。

 少し前までは最も嫌いな生き物である蛙。

 別に解体作業ができるようになったとは言っても、急に好きになったりはしない。

 感情としてはいまだに忌み嫌っていると言った方が正しいだろう。

 そんな物を食料として認識できるか……

 出来るはずがなかった。


 結局、蛙の肉を料理しようとしたアールヴを見るなり、無駄に騒いでしまい食事をとらずに時間だけを無駄に過ごすと言う最悪の結果を招いてしまうことになる。

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