山颪とカステラと秘密Ⅳ
瀬川による診察後、憩依は服を着て、検査室に入室し、体に埋め込まれたデバイスのメンテナンスを受けていた。この検査は専門のスタッフが実施するため、オレと瀬川はしばらく二人で待機することになった。
その間、瀬川はオレに憩依の体について話した。憩依は元々体が弱かったそうだ。少し運動するだけで熱が上がって寝込んでしまうため、体育の授業は常に見学。放課後に友達と遊びに行くことも叶わない。その上、体調は悪化して病院に長期入院することになり、酷い時はベッドから出られない日も続いた。従来の医療だけでは憩依の症状の改善は叶わない状況にあった。それを憩依の父、宮内記が憂慮し、世界初の医療型デバイスを開発して憩依に移植することになった。デバイス移植後、憩依の体調は少しずつ回復し、現在のように運動できるようになったという。
瀬川は全てを話した後、こう続けた。
「この別館は、憩依ちゃんのように従来の医学だけでは治療が難しい子ども達が入院しているの。子ども達にとって、憩依ちゃんは希望なんだよね。憩居ちゃん自身もそれを自覚しているみたいで、結構気を張っているみたいなんだよね。だからさ、あの娘のことを守ってあげてね」
そのとき、診察室に憩居が戻ってきた。彼女は既にコートを羽織り、身支度を整えていた。だからオレも瀬川に挨拶し、憩居と一緒に診察室を出た。オレ達は広場にいた子ども達と会話をした後に病院を出て、バスの二人席に乗り、坂道を下った。バスに揺られている間、憩居が窓の向こうのどんより曇った景色を眺め、ぽつりと言った。
「私の体のこと、どう思った?」
「どう思ったと言うのはどういう意味だ?」
「気持ち悪くなかった?」
「綺麗な体をしてたと思うよ」
すると憩居がオレをジトりと睨んだ。
「そうじゃなくて、体にデバイスを埋め込んでいることに嫌悪感を抱かなかったか聞いてるの」
「なんで嫌悪しなくちゃいけないんだ?」
「私がお父さんの医療デバイスから、強い魔力を引き出して体を強化しているから」
憩居は声を震わせた。
「皆にズルいって言われるんだよね。お父さんが作ったデバイスのおかげで強力な魔術が使えるって。でも、お父さんの作ったデバイスがないと普通の生活もできないんだからしょうがないじゃん。私だって自分の胸にデバイスを埋め込みたくなかった。胸が光るところなんて見られたくないいもん」
そのとき、バスが駅前に停車したので、オレ達はバスを降りた。外は小雨が降り、アスファルトを湿らせていた。歩道ですれ違う人達は傘を差すか、傘がない場合は建物の中へ避難していた。だからオレ達もバス停近くのビルの下に移動した。交差点前の喧噪は、勢いの増した雨の一粒一粒に吸収された。そのせいで憩居のお腹が鳴る音がよく聞こえた。憩居は顔から首筋まで真っ赤にしていた。もしかしたら検査のために朝から何も口にしなかったのかもしれない。そう思ったオレは憩居に提案した。
「せっかくだし、この辺の店でお昼にしよう。憩居の好きな店を教えてくれないか?」
「でも、あまりお金持ってない……」
「オレが全額負担する。金周りは良いから値段は気にしないでいい」
すると憩居はオレをじっと見て、ラーメンが良いと言った。曰く、女子一人では入りにくい類の店とのことだった。そういうわけでオレがその店に行こうと言うと、憩依は鞄から取り出した折りたたみ傘を広げ、オレを三分の一くらい入れて、件のラーメン屋へ向かった。
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