魔力計測とチームメイトと潜む影Ⅱ
魔力計測室に入室したとき、オレは目を奪われた。薄暗い空間に魔力計測用の機械と、ガラス張りの部屋があったからだ。魔術訓練用の機械の前では、スタッフと数人の生徒達が機械を操作しており、準備ができるとガラス張りの部屋にいる女子生徒に合図を送った。女子生徒はこくりと頷き、左手にはめたグローブを白い部屋の中にある的に翳した。瞬間、女子生徒の左掌から翡翠色の火球が弾けた。火球は的に触れると、風船を針で指したような破裂音をあげ、渦を巻くように的に燃え広がった。
女子生徒は一息つき、祈るような眼差しで、結果を確認する生徒達とスタッフを見つめていた。やがて生徒達は、女子生徒に笑みを浮かべた。彼らは後かたづけを済ませ、明るい声で測定室を退室した。
そういうわけで先ほどのスタッフがオレ達のところへやってきた。だがスタッフは和毅を見て表情を堅くした。和毅は淡々と試験内容をスタッフに伝え、測定の設定をさせた。だけど、和毅が試験の意図や設定を細々かつ早口で指示するため、スタッフが聞き直す。それが何度も繰り返され、和毅はついにスタッフから測定器を奪い、自分で設定を始めた。
オレは彩早に尋ねた。
「あんなことしていいのか?」
彩早は頷いた。
「和毅はせっかちだけど、魔力計測に関わる資格と魔術開発の実績を持ってるんだよ。せっかちだから女の子へのアタックもせっかちだけど」
オレは納得し、計測器を操作する和毅を眺めた。和毅はため息を漏らすスタッフの傍らで、時間を要さずに設定を終了させた。そしてオレ達の方を向き、誰が計測するか確認した。
この後、暁が最初にやるのはどうか、と彩早が提案した。だがオレは試験の手順がわからないから先に彩早達が試験を終わらせて、オレに試験のやり方を教えて欲しいと伝えた。オレの提案は、計測を早くやりたくてソワソワしている憩依に承諾だされた。
最初に魔力計測を行ったのはもちろん憩依だった。彼女は颯爽とした足取りでガラス越しの部屋に向かい、グローブを装着した。そして準備ができたと言わんばかりに和毅に視線を向けた。その視線を受けて、和毅は淡々と準備を進め、準備が完了したタイミングで合図を送った。次の瞬間、グローブが青白く輝き、厚い窓に落雷が落ちたような音と衝撃が走った。気がつくと、的の真ん中が抉られ、その直線上の窓ガラスに灰になって張り付いていた。
オレが立ち尽くしていると、彩早が興奮した口調で、魔力には種類があり、同じ魔術でも術者によって効力が異なることを教えてくれた。
「憩依の場合は凝縮する特性を持つ<青>属性でね、凝縮させた魔力で物質を貫いたり、切断することが得意なんだよ! アクション映えするよね!」
刺々しい雰囲気の憩依にはぴったりな魔力属性に思い、オレはクスっと笑った。そんな反応をしたオレを、憩依はガラス越しに鋭い眼光で睨み、部屋から戻ってきた。
気まずくなったオレは彩早に救いを求める視線を送った。だが彩早は憩依と入れ替わるように、ガラス越しの部屋に入室した。
憩依は部屋の中にあるグローブを片手に装着すると、準備ができたといわんばかりに手を振った。そして和毅が指で輪をつくり、合図するとグローブを的に翳した。すると掌から黄色の火球が放たれ、燃え上がる黄色の炎が的を柔らかな布のように包み込んだ。それにも関わらず的には焦げ後一つつかず、黄色の炎が鎮火しても的は新品に同然に見える。
オレが的を観察していると、和毅が計測器のディスプレイを眺めながら解説した。彩早の魔力は<黄>属性で、人に力を分け与える力を持っているとのことだった。計測を終えた彩早はガラス越しの部屋から鼻歌交じりに戻ってくると、オレの方を見た。
「次は暁くんの番だよ」
オレが息を飲むと、憩依も笑みを浮かべた。
「私を見て笑ってたし、余裕でしょ?」
オレは返す言葉に困り、彩早に視線を向けた。彩早は小鼻を膨らませ、私に任せて、と張りのある胸を叩き、オレを白い部屋に引っ張った。白い部屋の中で、スポットライトのような光を浴び、頬が熱くなった。
試験準備は計測用のグローブを装着するだけだ。だが部屋の眩しさにぐらつき、彩早にグローブを差し出されるまで装着することを忘れていた。それで慌ててグローブを装着したはいいが、魔術発動の方法がわからず、彩早に教えを乞うことになった。彩早は嬉々とした表情でオレに語った。
「魔力は自律神経で制御するの。例えば右手が温かいって念じたら、本当に右手が温かく感じるよね。それと同じで、身体の中に巡る魔力が右手に集まるように意識するの」
その一言で魔術の発動が理解できた。オレがコクリと頷くと、彩早は微笑み部屋を退出した。窓ガラスの向こうでは計測の準備を終えた、和毅がオレに合図を送っている。だからオレは彩早が教えてくれた要領で、グローブを填めた手を的に翳し、意識を集中させた。そしてゆっくりと息を吐き、心の中で手に魔力が集中するように念じた。すると、右手に保護区で生活した頃には感じたことのない刺激が集約された。
次の瞬間、グローブが輝き、掌から火球が的に向かって放たれた。そして火球は的を優しく包み込むように燃え上がった。生まれて初めて魔術を使った瞬間だった。
それなのに、オレは魔術を発動させるときの、意識を集中させる感覚を、少なくとも十年前には知っていた。この集中方は幼なじみの少女がオレに教えてくれた感覚だったからだ。
オレは自力で発生させた炎を近くで観察しようと炎に近づいた。彩早と同じ<黄>の炎。<黄>の魔力は力を分け与える特性があると教わったばかり。オレは<黄>の炎に手を伸ばそうとした。
そのとき、燃え上がる炎が、科学反応を起こしたかのように青白く変色し、まるで凍り付いたように動かなくなった。まるで想像も付かなかった現象の意味がわからず、オレはガラス越しの和毅をみた。和毅も肩を竦めていた。
だが数秒後、和毅が血相を変えた。彼はガラス越しのオレに大きく口を開けて、何かを言っている。否、叫んでいる。彩早も憩依も何か指して声をあげている。そこまで確認して、皆が炎を指していることに気づいた。
オレは慌てて炎に視線を戻した。青白く凍り付いた炎がエメラルドのような緑に変色していた。そのとき、脳裏にオレ達の前に計測をしていた女子生徒の姿がよぎった。その女子生徒は緑の魔力を使っていた。緑の魔力を帯びた火球は的に触れた瞬間、渦を巻くように燃えがっていた。
嫌な予感がした。
オレは頭を抱え、部屋の出口に向かった。だけど、判断が遅すぎた。背後から軋むような音がしたかと思うと、稲妻が走ったような激しい音と、衝撃がオレを襲った。凍った炎が砕け、散弾銃のようにオレの体を貫いたのだった。焼けるような激痛に襲われたオレはそのまま吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。オレの意識は穏やかな波の引き際のように遠退いていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます