Loop5 探し物は見つけにくいものですか?

敏腕マネージャー侑紀先輩

「ほら、シゲくん。早く行かないとなくなっちゃうよ」


「今日稼働だから一か月くらいはなくなりませんよ」


「でも埋まっちゃうかもしれないじゃん。一台だけなんでしょ?」


 イコーナエスペルトの稼働開始日。俺は自分のバイト先であるセカンドワールドに来ていた。今日はシフトに入ってないけど、スタッフは顔なじみばかり。先輩と一緒に来ているところを見られた以上、次のシフトのときは根掘り葉掘り聞かれるに違いない。


「よっし目標を発見。ただちに急行せよ」


「はいはい」


 ノリノリの侑紀先輩は俺の同僚スタッフから向けられる視線なんてまったく気にしてない。というか気付いてない。珍しい形の筐体を見つけると、まっすぐ走っていってしまう。


 名作といってもファンの間で語り継がれる隠れた名作。初日の今日はまだ先客はいなかった。数日もすればネットに情報が流れてオタクたちが集まってくるだろう。貸し切り状態は今日だけだ。


「ふぇぇぇ、本物だよ。本物のイコーナエスペルト!」


「だからそう言ったじゃないですか」


「お手柄だね。これはアタシの好感度も超アップ! パーフェクトコミュニケーション!」


 侑紀先輩の言葉は嘘じゃない。昨日から好感度アップの効果音は鳴りっぱなしだ。俺の魅力じゃなくてゲームの魅力ってのがちょっと寂しいところだ。


 さっそく筐体に座ってカードを入れる。


『お久しぶりですわ、マネージャー。私、ずっと待っていましたのよ』


「アタシも会いたかったよー。カリンちゃーん!」


 クレジットを入れると金髪ツインテールに縦ロールという絵に描いたようなお嬢様キャラが少し粗い画面に映し出される。侑紀先輩は今にも画面にキスする勢いだ。


 見た目はテンプレだけど、このカリンはアイドル兼メキシカンプロレスのルチャドール。しかも裏では暗殺を生業にする忍者という詰め込み設定だ。この後まさかの格闘ゲームにゲスト出演を果たした。このゲームが初出ということを知らないプレイヤーもいるくらいだ。


「久しぶりってことは先輩、前にもプレイしてたんですか?」


「当ったり前じゃん。これでもSランクアイドルを五人育てた敏腕マネージャーなんだから」


「めっちゃやりこみ勢じゃないですか」


 設置台数も少ない。クレジットも決して軽くないこのゲームで五人のアイドルをSランク。これはかなりのプロマネージャーだ。


「はぁぁ。もう二度とカリンちゃんに会えないかと思ってたよ。まだBランクアイドルで待たせてごめんねー」


『マネージャー、早く本日のレッスンを決めていただけます?』


「怒られてますよ」


「数年ぶりの再会でもカリンちゃんはクールだねぇ」


 ダメだ。完全に意識が画面の向こう側にいる。今の侑紀先輩は敏腕マネージャーと同化している。俺の存在も忘れてないといいんだけど。


 侑紀先輩はたっぷり十クレジットを楽しんで、ようやく立ち上がった。プレイの腕は全然落ちていないようで、レッスンもオーディションもアクションパートでパーフェクト。実力を見せつけてくれた。


「どうだ、シゲくん。アタシのプロデュース力」


「まさしく敏腕マネージャーでしたよ」


 カリンはあっという間にAランクの上位に入るファン数を獲得していた。次に来るときにはSランクも夢じゃないだろう。やりこみは嘘じゃない。


「大学の近くでイコーナエスペルトができる日が来るなんて。生きててよかった」


「おおげさですよ」


「そんなことないよ。シゲくんと会ってから幸運続きだね。ラッキーボーイ」


 侑紀先輩は笑顔で親指を立てて突き出す。ラッキーじゃなくてただ繰り返しているだけなんだけど、そういうことにしておこう。


「ほら、このイカリクマのキーホルダーだって一緒に出かけなきゃ見つからなかった、って」


 バッグにつけたお気に入りのキーホルダーを見せようとして、侑紀先輩の動きが止まる。


「な、ない?」


 いつもバッグについていたクマのキャラクターキーホルダー。俺もよく目にしていた。秋葉原に行ったときにイベントで買っていたものだ。それが今はどこにもない。


「どうしよー。落としちゃった!?」


「昨日は確かついてましたし、部室かここで落としたのかもしれないですね。ちょっとフロントで聞いてきます」


 慌てる先輩をなだめてから、俺はお客様窓口に向かう。落とし物が届けられていればリストアップしてまとめてあるはず。イベント限定のレアアイテムだから盗まれてる可能性も捨てきれない。


 知り合いのスタッフに確認してもらったけど、やっぱり届けられてはいないようだった。部室の方に戻って確認してもいいけど、先に店の中を探した方がいいよな。


 床を見ながら通ってきた辺りを二人で探してみる。でもキーホルダーは見つからなかった。一度リセットして、どこで落とすか見ておくしかないか。そう思ってリセットボタンに手をかける。


 その直前に背中から声をかけられた。


「探し物はこれ?」


 手にはまさに今探しているキーホルダー。そして持っている人物には覚えがあった。


「あれ、浅尾じゃん。ゲーセンにいるなんて珍しいね」


「たまたまだよ」


「どうせ女の子追いかけてきたんでしょ。こっちはちゃんとサークル活動中なんだから」


 侑紀先輩は浅尾先輩からキーホルダーを受け取ると、バッグに着けずにしまった。少し困ったように笑った浅尾先輩は、見つかってよかった、とキメ顔を見せてから視線を俺に流す。


「新入生は真面目に活動しているみたいで助かるよ」


「もちろんですよ。俺はゲーム好きですから」


 あなたと違って、という言葉は飲み込んだ。目に痛い金髪をかきあげて、俺の言葉には答えなかった。


「まぁ探し物が見つかってよかった。せっかくだしお昼でもどうだい? 先輩らしくたまには後輩におごってやらないとね」


「そうだね。最近はシゲくんにお世話になってるし、先輩らしくおごってあげるよ」


「そういえば新歓以来先輩らしいこともしてなかったね」


「お、浅尾先輩。ゴチになりまーす」


 侑紀先輩は同学年のはずなんだけどな。さっきお小遣いはイコーナエスペルトに吸われていったからな。


「調子がいいね。あまり高いところはやめてくれよ」


「アタシはどこでもいいけどねー」


 軽口を返しながら浅尾先輩は先頭に立って歩いていく。俺に強く当たるでもない。侑紀先輩を狙ってるなら、もうちょっと嫌味の一つでも言ってくれればわかりやすいのに。モテる男は女の子の前では感情的にならないか。


「うーん、侑紀先輩の前じゃボロは出さないみたいだな」


 やっぱりここは男同士、タイマンで話した方が良さそうだ。どんなことを考えているかわかっていた方がいい。それにキーホルダーも落とした場所を特定しないと。


 リセットボタンを押して一度このゲームから出る。次の周回でやることは浅尾先輩の狙いの確認と、キーホルダーの行方だ。

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