ピエールとセシール

「……どこに、……どこにいるの?」

 派手な装飾のなされたローブを纏った影が、虚ろに囁く。

 怪人物は街の入り口辺りをさ迷っていたが、突如として手近な民家の裏に引っ込んだ。視界に、不吉な前兆を発見したためである。

 もっとも街は賑わっていたために奇人の動向などたいして目立たず意に介されず、人々は日常生活のただ中にあった。例えば橋門での、旅の商人と門番との会話はこうだ。


「知っとるか、フランス王国シャンパーニュ伯領でのフェーデのこと」

 尋ねたのは、門の外側に立ち荷物袋を背負った全身毛むくじゃらの子供みたいな妖精種族シリーコート野人精ラミナだ。

 人外の素早さを活用して各地を巡る行商をしている個体だった。


「劣勢だったはずの男爵が勝ったんだろ」門内からは、番人が自慢げに応じる。「ひと足遅かったな、おまえが着く前に報告は届いてるよ」


「んなら、裏に悪妖精が係わってたってぇのは聞いとるか」

「ん? そいつは初耳だが、証拠はあるのかい」

「僅かな生存者による証言がみな一致してるんだと」


「すると、子爵は最近小悪魔に領地を荒らされてたっていうから、連中とのいざこざが重なったのかな」


「うんにゃ。どうやらそういう嘘をついてて、逆に怒りを買ったんじゃねぇかって噂だ。んで人間全体への恨みに繋がったらしくて、あとから男爵側もほとんどやられたらしい」


「「なんだって!?」」

 妖精商人がもたらした新情報に驚嘆したのは、門番だけではなかった。同様の台詞を発したのは割り込んできた第三者の声、馬をひくクロードのものだ。

「それは、間違いない情報なのか!?」


「な、なんだよ旅人かい」

 突然遍歴の騎士に詰め寄られ、商人はうろたえつつも答える。

「フランス王国が発行した正式な資料もあるからな、事実だろうよ」

 述べながら、ラミナは背負ってきた荷物袋から瓦版を出す。


 そこには確かに問題のニュースを伝える絵と文が刻まれていた。魔法の効果で短い動画も添えられている。

 焦土と化した戦場に、襤褸切れのようになった人間の兵士たちが倒れている様子だ。一見、生存者はいそうにないほどの惨状だった。


「傭兵は……、傭兵たちはどうなったんだ?」

「傭兵?」


「子爵側の傭兵だよ!」

 記事から微妙に不足している内容を、クロードは商人の両肩をつかんで揺すりながら求めた。

「有名なやつらもいたろう、〝強面のロドルフ〟とか〝ボワヴァン姉妹〟――!」


「あと、〝早業のピエール〟とかか。最近名を上げだした新人たちだな。連中もたぶん死んだろうよ。特に子爵側の被害は酷くて、ほぼ全滅だそうだ」


「……死んだ? ロドルフ、ボワヴァン、ピエールが……」

 愕然とするクロードに、事情を察したらしい門番が語りかける。

「戦友か? ……自分もゼデミューンデの戦いで市民兵だったから気持ちはわからんでもないが、あまり気を落とすな。別れが辛いのは出会えてよかったからこそだ」

 彼は励ますように背中を叩いたが、騎士は無言のままふらふらと町中に入っていった。門番と商人は悲愴な後ろ姿を見送ることしかできなくなっていた。


 ここに着いてすぐ、スミエは別行動のために去った。そこでクロードに今の話が聞こえてきたのだ。

 悲報を突きつけられた彼は馬小屋に向かったが、預けた愛馬ペダソスの横で座り込んでしまった。トーナメントに参加しなければならないが、気分ではなかった。

 門番の忠告は正しい。騎士たちはいつ落命してもおかしくはない。志したなら、覚悟もしていたろう。けれども、喧嘩別れして自分だけ抜けたあとに仲間が壊滅したというのは辛かった。


「よお、クロードじゃないか」


 これも心情のせいだろう。あのとき別離した親友、ピエール=バンジャマンの声音が内耳に反響する。


「会えてよかったわ、クロード」


 セシールの幻聴まで……。


「――って」

 と見上げたところに二人の顔があった。

「べ、ベンジー! セシール! 戦死したんじゃなかったのか!?」


 仰け反って叫ぶ。別れたときの様相のままに、二人が前に立っていたからだ。


「なんて言い草だ」ピエールは苦笑いで応じた。「まるで、命があるのがおかしいかのようだな」


「ふふっ、またお会いできて嬉しいです」

 セシールの方もおもしろそうに言った。


「え、えーと」

 ようやく気を取り直しだして、クロードはどうにか対応する。

「ぶ、無事だったのか。ついさっきシャンパーニュ伯領でのフェーデの結果が耳目に触れたばかりだったんでてっきり……。幽霊じゃないよな?」


「幸か不幸か生者だ。妖精襲撃の中心から逸れていたお蔭で、どうにか逃げ延びれた。ここには、ぼくらもちょうど着いたところだよ。……残念なこともあるが」

 そこまで告げて、ピエールの顔が陰った。


 そうだ、とクロードは悟る。

 残る二人の姿はない。なにより、修練女は同行者よりももっと暗い表情になっていた。


「まさか」恐る恐る、クロードは言及する。「……ロドルフと、アンヌは?」


「ごめんなさい」後者の妹は、寂しそうに告解した。「わたくしたちも必死で応戦したのですけれども、姉さまたちは……」


「……もういい」

 彼女を抱擁して、ピエールが発言を制する。どうにか立ったクロードは、ありきたりの慰めをするので精一杯だった。

「……大変だったな、セシール」


「再び会えただけでも、最高位の妖精たる唯一神に感謝しないと」

 努めて微笑を浮かべて応答し、尼僧は十字を切った。


「……しかし、どうしてそんな状況でハーメルンに?」

 それでも旅を続けてきたらしい二人にクロードが尋ねると、親友の騎士は明答した。

「傭兵団がなくなって、雇い主ももらえるはずの給料も消えたからな。帰郷しようともしたが、立派な封建騎士と白魔術師になるのはロドルフとアンヌの夢だ」


「ええ」修練女が頷く。「同じ目標を掲げたわたくしたちが代わって希望を叶えるくらいの気兼ねでなければ、姉さまたちに顔向けができないという結論に到ったのです」


「……そうか」二人の決意に、クロードも激励されたようだった。「かもしれんな」


「そのためには金もいる」ピエールは言及した。「旅を続けねばならないし、直接おまえに報告したくもあったからな。当初の予定通りここに到ったというわけだ」


「では、こうして巡り合えたのも神の導きかもしれんか」


「ああ、恥じない試合にしよう」

 宣言したピエールが鞘ごと十字架に見立てた剣を掲げたので、クロードも同様の誓いを立てた。

「……もちろんだ」


 けれども、彼は言い様のない違和感も覚えていた。

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