第7話 はじまる予感

 午後。さくらは聡子を片倉医院へ連れていく。玲も来てくれるという。皆もいるので、助かる。聡子を玲が支え、皆をさくらがだっこする。


「うーん、頼りになるぅ。この、強力な布陣! がっちりスクラム」

「わ・が・ま・ま・お・ば・さ・ん」


 冷静に、玲が突っ込んだ。


 聡子を病院へ送り届けたら、さくらは新居を見に行くことにしている。歩いても、医院からは十分とかからないはず。


「玲も行きなさいよ、さくらちゃんの住まいチェック~」


 というわけで、引き続き皆をだっこし、新居に向かった。東大路通を渡り、住宅街へと入る。


「マンションだな。シバサキの社員寮なんだろ」

「病院すぐの近くの寮は、このお部屋しか空いていなくて。二ヶ月だし、まあいいかなって」


 あらかじめ受け取っていた鍵で、部屋のドアを開ける。


「む。広い」

「3LDK。シェアハウスなの。あとふたり、シバサキの女子社員が同居人だって」

「へえ、今どきっぽいな。男子(俺)が入ったらまずいか?」

「この時間は、勤務中で誰もいないからだいじょうぶだと思う。でも、そのへん、確認してみるね」


 さくらの部屋は、玄関を入ってすぐの左手にある。皆を預かることもあると思うので、独立した部屋がよかった。


 鍵を開ける。部屋には、シバサキ製の家具が備えつけられている。机、収納棚、ベッド。それにエアコン、テレビ。小さい冷蔵庫まである。皆のベビーベッドも完備。


 荷物はすでに届いていた。段ボール、三箱分。正直、皆の荷物のほうが多い。


「ふえぇ」


 皆は眠いようで、しきりに目をこすっている。


「皆、だっこするよ。さくらは少し片づけすればいい。リビングのほうにいるから」

「いい? お願い」

「任せておけ」


 さくらは、玲に皆を渡した。なんだか、本格的に夫婦みたいだった。考えないようにしたい。

 部屋のドアは開けたままにしておく。

 荷物の整理、とはいえ衣類をクロゼットに移動させるぐらいで、すぐに完了した。二ヶ月で戻るので、大きなものは持ってこなかった。


 さくらはリビングへ向かった。

 皆は玲にだっこされて眠っているようだった。念のため、皆の手を握って反応を確かめるが、握り返してこなかった。ある程度、眠っているらしい。


「ベビーベッドに寝かせてくる」


 そっと、ベッドに寝かせたが、皆はよく寝ていた。一時間ほどは、このままかもしれない。


「母さんの診察と検査は、二時間ぐらいだって話だったな」

「うん。そのころになったら戻ろうか。ちょうど、皆くんが目覚めるころかも。お茶、淹れようか?」

「いや、いい。ゆっくりしてくれ」


 玲は窓際に立って外を眺めている。さくらの新居は三階にある。


「川が流れている。白川か」

「あ。祇園の町にも流れている?」


 さくらも玲のとなりに立ってみた。小さいけれど、風情ある細い川だった。


「散歩のしがいがありそうだね」

「そうだな。このあたりは静かだし、けったいな観光客も少ない。大学在学中は、ほとんど観光できなかったんだよな。母さんのこともあるが、たまにはさくらも休め」

「うん。そうする」


 いろいろ気になるけれど、考えても仕方がない。楽しもう。


***


 一時間後、さくらたちは片倉医院に戻った。


「こんにちは、お世話になります」


 さくらは、医院のスタッフにあらためてあいさつをした。

 片倉院長。文子女医。そして、北澤ルイの元・マネージャーであり、さくらのよき理解者・片倉史人医師。


「こんにちは、さくらさん」

「かたくらさん!」


 穏やかな笑顔を浮かべる片倉は、さくらの心のよりどころ。類に言いづらいことも相談できる。


「さくらちゃんってば、意外とあらゆる方向に矢印を出しているわね。そのうち、千手観音になっちゃうかも」

「せ、せんじゅかんのん!」


 感激するさくらを見て、聡子が冷やかした。


「うん。気が多いな。節操ない」


 なんと、玲まで乗っかった。


「ちょっと玲までひどい」

「ねえ聞いて。明日から入院なんだって! せっかくの京都、観光したかったのに」

「今はお元気ですが、いつどうなるか分かりませんので、大事を取りましょう。夕方までに、医院へいらしてくださいね」


 ふたご、通例ならば、予定帝王切開する。

 だが、聡子はできる限り自然分娩を希望していた。それでなくても、片倉医院は町の小さな産婦人科。緊急時には、大学病院へすぐに搬送されることになっていた。最後の妊娠、出産を楽しんでいるものの、リスクが高いのもまた事実。


「観光しに来たんじゃないだろうが。まったく、周囲にたくさん迷惑をかけておきながら、のんき」

「でも、それでこそ、お母さんだよ」


 確かに、と全員が談笑した。


 その夜は西陣の町家へ戻り、鶏料理屋さんで水炊きを食した。

 きょうだい三人で食べた冬の日が、ついこの前のことのように思える。懐かしく、やっぱり美味だった。

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