第6話 何をするパーティーよ
良き晴れ模様。熱くもなく寒くもなくほんのりとした温かみは絶好の散歩日和とさえ言える。森林は鈴鳴りのような囁きを零しながら清潔な空気を振り払い、これ以上ない生を感じられる最高の朝を迎えていた。
だが、私は気分が悪い。
「ねぇシュウぅ〜、久しぶりなんだからもっと匂い嗅がせてよ〜♡」
「ずるいぞメル! 僕もシュウに甘えたいのだ!」
「あら? まだ居たのネイビス。お子ちゃまは川でカニさんでも追いかけてなさいよ」
「なんだと! 肉ばかり付けたダラしない身体しおって! メルこそ山三つくらい走り込んで来たらどうだ! 邪魔なのだ! 面積が!」
色々と主張の激しい薄着の美人お姉さんと、張りのある健康的な焼けた肌の美少女に挟まれて狼狽えるホームレスの男。
何だこれ? 殴られ待ちか?
「おや? アザレアじゃないか。おはよう」
おや? じゃない前歯折るぞ。
シュウは美女二人を「挨拶はもう済んだろ?」と引き剥がし、恥ずかしい所を見られたなぁと言わんばかりの照れ笑いで近付いてきた。
「森暮らしのクセに随分と充実した朝のようね。帝国の男共より余っ程幸せそうだこと」
「そうだろ? この時期の森は凄く綺麗な空気を作ってくれるんだよ。朝の一、二時間だけのゴールデンタイムは木々が光って見えることだってあるんだ。それが美しいのなんの」
皮肉が分からないのか? それほど美女にベタベタされるのは当たり前って言いたいのか? 色欲の獣め。誠実な奴だと思ったのにとんだオオカミだ。
「へ〜、ちょっと離れてる間に女の子連れ込んじゃうなんて、シュウったらいくつになってもモテモテねぇ」
「やめないかメルクリオ。誤解を生むだろ」
「事実ではあるでしょ? こ〜んな小さい頃から女の子ばっかりのパーティー組んでニヤけてたクセに」
「ニヤけてないしパーティーを選んだのは僕じゃなくて······はぁ······」
シュウが僅かに覗かせた影のある表情を見て、メルクリオと呼ばれる巨乳美女は「ゴメンゴメン」と彼の腕から手を離す。
着衣を整えたシュウは、改めて突然現れた彼女達を紹介してくれた。
「アザレア、驚かせて悪かったね。二人は僕が昔旅していた頃に組んでいたパーティーメンバーなんだ。こっちの背の高いお姉さんがメルクリオ・オーガス。オーガスの名前はこっちでも有名だろうか?」
「どうも〜♡」
「それと、こっちの小さい女の子がネイビス・マキア。こう見えてメルクリオよりお姉さんなんだ。明るくて楽しい子だよ」
「ははーん、お前が例の勇者八号なのだな? なかなかに良い面構えをしておる。ふむ、よく使う武器は剣だろう。そんな筋肉の付き方だな」
「······」
ネイビスは私のすぐ目の前まで来ると、胸を張ってふんぞり返る。この子はよく分からないけど、後ろのメルクリオさんが『オーガス』の血族なのは驚いた。帝国とは接点のない北の果ての島国からその名を轟かせる最高峰の鍛冶屋。一子相伝の技術で生み出す名品の数々はさる事ながら、特に有名なのは現在の継承者リタ・オーガス。勇者でもなく選ばれし器でもなく、ましてや戦士でも魔術師でもない小島の鍛冶屋が先代魔王の『殺戮用巨大爆撃機』を鞭一本で沈めた話は帝国歴史書にも記載されている。
そんな伝説の人とどんな関係なのだろう。見た目から考えると娘。でも、鍛冶師のようには見えないしこんな所をフラフラしているから······これ以上は考えても仕方ないか。
「······ぃ······」
「いや、でも気になるな······」
「おい!!」
「ん?」
「僕を無視してメルばっかり見て! 失礼だぞお姉さんに対して!」
「よしよし、遊んでほしいのかな?」
「な、撫でるなぁあああ!!」
ネイビスは私の手を振り払って飛び退くと、地団駄を踏んで睨み付けてきた。
「弱そうだから優しく接してやればつけ上がりおって! 僕は舐められるのが嫌いなのだ!」
「む、こう見えてお姉さん弱くはないんだぞ?」
「その喋り方やめろ!! もう許さんぞ! 揉んでやるかかってこい!」
「仕方ないなぁ。ちょっとだけだよ?」
声にならない声を押し殺すようにむくれたネイビスは、涙目のまま低く構えて両手の五指を地面につける。まるでトカゲのような異質な構えは突進系だろうか。
軽く跳ねて準備運動をしていると、シュウは焦ったように横から割って入った。
「ネ、ネイビス落ち着きなよ。怪我人相手に大人気ないぞ? だいたい君は······」
「本気など出すわけないだろ! ちょっと追いかけ回してやるだけだ。なぁ小娘、僕は寸止めするがお前は本気で当てていいぞ。ま、当たらんがな!」
「············」
なんだろう。ネイビスが小さいくてバタバタしているせいか緊張感が生まれない。シュウのパーティーなら弱いとも思わないけど、魔力も闘気も纏わずに変な構えを取られたらそれだけで反応に困る。
「さぁ、行くぞ! テレフォンパンチだ!」
「あ、優しいねぇ」
「お前は!! ホントに!!」
憤慨したネイビスは顔を真っ赤にして大きく踏み出す。十メートルほどの距離を一瞬で詰めるところは流石シュウの仲間。私より小さな体躯でこの速度は相当レベルが高い。
捌けないかと言われると、答えは否だ。足は既に治っているのだから。
「あ、あれ?」
「私だって勇者してるんだから、弱くはないわよ」
「手加減しすぎただけだし!」
寸止めしなくてもさっぱり当たる気配がない攻撃を繰り返し、ネイビスは数歩下がって頭を抱える。
「ネイビスってホントに不器用よねぇ」
「仕方ないだろ! こんなのやった事ないのだ!」
「だから弟子の一人も出来ないのよ」
「ああ!! メルは黙ってろよもう! それにいるから! 弟子くらいいるから!」
「あのお下げの女の子? ネイビスさんに折られた骨を数えて眠るんですって暗い顔してたけど弟子だったの?」
「ちゃんと治してやってるから実質ゼロ本なの!」
なんて可哀想な女の子がいるんだこの世界は。ネイビスって普段何をしているんだろう。
それから何度か同じような光景が続いた。何発撃ち込まれても素直な軌道。身体の軸をズラすだけで封殺出来てしまうやり取りにとうとうネイビスは痺れを切らした。
「シュウ!」
「な、何?」
「本気を出すが良いな! もし当たっても死なないと思うから!」
「ネイビス、何度も言うが怪我人だぞ? なんの為に君を呼んだと······」
「私は構わないわよ」
話に割り込み、私はネイビスの意見に賛同する。正直これ以上やっても時間の無駄だ。出来ることなら早く終わらせてシュウに治療魔法を掛けてもらいたい。
「······言ったな?」
「あ、こらメイビス!!」
メイビスはシュウの静止を無視して、再び低い姿勢から大きく足を踏み出した。
踏み出した······所までは捉えきれた。
「あ······ぇ」
突風に髪が乱され、視界に映った情報を頭が処理仕切った時にはネイビスは遠く後ろにいた。
何発······撃ち込まれたんだ?
五発、七発、違う。十発以上の寸止めを食らって一切の反応が出来なかった。油断なんてしていない。地力で遥か上を行っている。
「よし! この速度なら問題ないな!」
「ただの全力じゃん。ネイビス大人気なーい」
「当ててないから手加減出来てるのだ!」
「お下げちゃんも当てないであげればいいのに」
「む、アイツは当てないと修行にならないから」
「酷い師匠もいたもんだ」
「うるさい!」
メルクリオさんと軽口を叩きながらぴょんぴょんと跳ねているが、私からすればとんでもない状況だ。勝てるビジョンが浮かばない。この感じ、ネイビスは恐らく大隊長と同じくらいの武術を習得している。練気功すら使えない今の私じゃ、本当に当てることも出来ないだろう。
「ほら、どんどん行くぞ! 勇者の才覚を見せたまえよ小娘!」
「くっ、何なのよもう!」
何で勇者より強いのがこうも簡単に出てくるんだ。
「ハァ、ハァ、ハァ」
「ま、こんな所だろう?」
あれから三、四回の攻防を強いられた私は、惨めな惨敗を味わっていた。
「シュウ! ちゃんと全部外したぞ! こんなに上手く出来たのは久々だ! いっぱい褒めてくれ!」
「駄目だと言ったのに聞かなかったのは誰かな?」
「そ、そんな······」
「でも、怪我はさせなかったから怒ることじゃないね。今晩はネイビスの好きな魚の揚げ物でも作ってあげるよ」
「やったー! シュウ大好きなのだ!」
ネイビスは勢いよくシュウに抱きついて頭を擦り付ける。こんな無邪気な女の子に負けるなんて、強い強いと認められてきた私は何なんだろう。
そんな傷心の折、シュウは慰めようと私の肩を叩く。
「アザレア、ネイビスに負けるのは恥じゃないよ。彼女に勝てる人間の方が圧倒的に少ないんだから」
「······まるで人間じゃないみたいに言うのね。慰めてくれるのはいいけど、同じくらいの年の女の子に負けた事実は変えられないわ」
「いや、魔物だからね。ネイビスは」
え? 魔物?
「ネイビス、そこの岩なら壊していいよ」
「ん? これか?」
言われるがまま、ネイビスは身長の三倍はある大岩を素手で殴り、跡形もなくなるほど粉々に粉砕してしまった。
「ひっ······!」
「んー、この岩は軽すぎるのだ。尻尾の方がもっと強いぞ!」
にゅるんと衣服の隙間から足よりずっと太い鱗付きの尻尾を見せる。その尻尾には見覚えがある。あるが、どうかその予想は外れて欲しい。
「ネイビスはドラゴンなんだ。それも東の山脈に言い伝えられる古龍の血統」
「まさか、『大地の神龍 グランドマキア』?」
「そうそう。彼女の娘さんだ。生まれて五十年くらいらしいからまだ成体じゃないんだけどね。でも、まともに殴られたら死んじゃうかもしれないね」
マキアって、そういうことだったのね。
まともに反応するのが馬鹿馬鹿しく感じる。転生者だったり、オーガスの一族だったり、古龍だったり、この人達だけが異色なのはもうよく分かった。たまたま勇者になりたてで出会ってしまったせいか食傷気味になってしまったが、結局世界には実在するんだ。こんなわけわかんない人達が。
上機嫌になったネイビスは弾むように私の前に立ち、低い位置から背伸びをして頭を撫でてきた。
「よしよし、頑張ったものだなアザレア。さ、治してやるぞ! 見たところ腕の筋肉が酷く傷んでおるな。足はシュウが治した感じか?」
「······そんな事もわかるの?」
「当たり前だろ? 僕は根っからのヒーラーだ。お前を後遺症無く治す為にシュウに呼ばれて来たのだ」
ネイビスの手から放たれた淡い光に包まれ、数秒と経たない内に全身に力が溢れた。腕は問題なく。先程の攻防で疲弊した全身も元通り全快させてしまったのだった。
「はは······ヒーラーに、負けた······」
「うむ、世界は広いなってことだ。あそこのメルだって僕と同じくらい強いのだぞ。装飾職人だがな」
「······勇者やめようかな」
バケモノばっかりだ。
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