違和感

 男はソファーに寝そべり、テレビを見ていた。何をするでもなく、ぼぉっと流れる映像を眺めるのが彼の唯一といってもいい趣味だった。

 彼は頭を使うことが苦手であったし、何よりリモコンのボタンを押す以外のことはしなくてよいのでとても楽で出費も抑えられる。面倒くさがりの彼にとっていいことずくめの趣味といえた。

 しかし、毎週毎週、日がな一日横になってテレビを見るというのは楽には楽なのだが、今一つ面白みに欠ける。端的にいってテレビを見るのに彼は飽きていた。それで何かを始めようという気になればいいのだが、何を始めるにしても面倒くさい。トイレに行くのも億劫なくらいなのだ。結局何もせず、飽き飽きしたテレビを眺めながら一日が終わる。

 男の人生は停滞しているといえた。生活、日常、行動。すべてにおいて引かず進まず、上昇もなければ下降もない、退屈な人生だった。しかしこれはこの男に限ったことではない。多かれ少なかれ、すべての人が退屈を感じ停滞していた。

 高まる退屈、こみ上げるあくび。テレビから流れる退屈な音声を聞きながら男は今日何度目とも知れぬあくびをした。

「あっ、あぁ~~」

 あくびをしながら男は自分の体に奇妙な違和感を覚えた。いつもと同じはずなのになぜかそれに新鮮味を感じてしまう感覚とでも言ったらいいのだろうか。それは寝る前に自分の呼吸を意識してしまう感覚に似ていた。

 彼は立ち上がって鏡で一通り体を見てみた。手、足、腹、腕、背中、尻尾。別におかしなところはない。強いて言うなら最近運動しないせいで腹ができてきたことぐらいか。そういえば最近、医者にも定期的に運動しろと言われたな。どれ、面倒くさいが散歩にでも行ってみるか。

 男は運動着に着替え、近所の公園に散歩に出かけた。

「たまには運動もいいものだなぁ」

 何の気なしに男はつぶやく。面倒くさいとは思いつつも、いざやってみると案外面白いものだったりするのだ。男は少しの間、軽い運動を続けた。

 しかし、少しするとまた男は退屈を感じ始めた。男は飽きっぽく、公園の大きさもそこまで大きいわけではないのだ。何周もすると同じ景色ばかりで飽きてくる。また、退屈が高まりあくびがこみ上げてくる。

「あっ、あぁ~~」

 男はまた先ほどの違和感を覚えた。別に大したことではないのだが、何か気になるのだ。

 公園の泉に自分の姿を映しながら男は自分の体を確認した。手、足、腹、背中、尻尾、角。別に何も変わらない。さすがにこの程度の運動では腹は引っ込まないか。だが運動はこの辺でいいだろう。

 男は、夕飯を買って帰ることにした。

 夕飯時なのか商店街は人が多く混雑していた。いつも以上に並ぶ人の列。退屈、あくび、違和感。

 突然、前のチンピラに尻尾で顔をはたかれた。チクショウ何をしやがる。掴みかかり男は口から火を噴く。掴まれたチンピラも怯みこそしたが、何すんだこの野郎、と火を噴いて応戦。しかし掴んだ男がチンピラを投げ飛ばし地面にたたきつけた。投げられたチンピラは目を回してしまった。少しやりすぎてしまったかもしれない。男はその場をそそくさと立ち去った。

 男は書店に立ち寄った。何か面白い本でもあるかもしれないと思ったのだ。また、喧嘩して頭にのぼった血を落ち着かせる意味もあった。ぼんやりと文字列を眺める。気分は落ち着いたが内容が何一つ頭に入ってこない。少し眠くなってきた。退屈、あくび、違和感。男は書店から立ち去った。

 どれ、そろそろ家に帰るか。男は背中に生える立派な翼で家の方角に飛び立った。

 夕日に目を細め、男はつぶやく。

「ああ、退屈な一日だった。こんな退屈な日ばかりでは頭がどうにかなりそうだ。日常なんてなくなってしまえばいいのに。しかし、たびたび感じたあの違和感。あれはなんだったのだろう…………」

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