第2-3話 皮から作る水餃子と占いと(3/4)

 唐突に、佐和先生に質問されて、早都は戸惑った。

(変わったことは何もなかった気がするけど、何かあった?)

「忙しい夏を過ごされたんじゃないですか?夏と秋のヒダの間が狭いですよ」

(えっ、ヒダ?)

 確かに早都の作った水餃子のヒダとヒダの間は均一ではなく、狭いところがあったり、広いところがあったり。それを見た佐和先生が、質問をしてきたのだった。

「う~ん、特に変わったことは、なかったような気がします」

 すぐには気の利いた返答が思い浮かばず、早都はそう答えてしまった。

(我ながら、つまらない反応だな……)

次の言葉が見つからず、早都は一人あたふたしていた。


 「先生、見てください。丸みを帯びた水餃子になりました」

 ウッチーの明るい声が、教室に響いた。

「いいですね。ウッチーは、年末年始に何か大きな変化がありそうですよ。来年の冬と春の間のヒダが大きいです」

「本当ですか!何か嬉しいことが起こるといいな~」

 ウッチーが続けた。

「私、結構占い好きなんです。水餃子占いは、佐和先生のオリジナルですか?」

「ふふっ。そうなの。こっちの方も勉強しようかと思って……。ウッチーは、どんな占いをしたことがあるの?」

 佐和先生がウッチーに質問した。

「色々です。よく覚えていないんですが、いくつかの占いを組み合わせて占ってくださる方も多いですよね。そう言えば、この前見てもらった占い師さんに、前世を教えてもらいました」

「ゼンセって?」

「前世ですか?」

「前世?それが、現世を占うことに繋がっているんですか?」

 みんながウッチーの話に加わってきた。

「そうみたいです。前世でどんな人生を送り、どんな課題を残したのか。それがわかれば、現世にどんな影響を与えているのかが、わかるようですよ。性格や考え方は、前世から受け継いだものかもしれないんですって」

 と、ウッチー。佐和先生が尋ねた。

「で、ウッチーの前世は、何だったの?」

「お姫様です。いつもちやほやされていたいのは、その名残みたいです。おだてられ、誉められて伸びるタイプってヤツです」

「おおーっ」

「なるほど~」

 みんなが、なんとなく納得した。


「私は、占ってもらったことはないな~」

 北島さんタイプさんが呟いた。佐和先生が、北島さんタイプさんの近くまで移動した。

「クレスウェルさんも、上手に包めていますね。ヒダの間が、きちんと等間隔になっています。水餃子占いでは、「来年は散財に注意」と出ていますよ」

 佐和先生が、茶目っ気たっぷりにそう言った。

(あっ、そうだ。北島さんタイプさんは、「クレさん」だった)

 早都は「クレさん」という自分がつけた愛称を思い出した。

「来年も、また色々衝動買いしちゃいそうですか?気を付けます」

 クレスウェルさんが、いたずらっ子のような笑みを浮かべながら反応した。

「この水餃子、綴じ目が横を向いているでしょう?水餃子は、お財布の形をしています。これだと、お金がこぼれてしまいますよね。皆さん、お金がこぼれないように、綴じ目は必ず上に向けてくださいね」

 そう言いながら、佐和先生はクレスウェルさんの水餃子の向きを、正しい方向へ置き直した。

「人生初占いが、先生の水餃子占いだなんて、光栄です」

 にこやかに応じたクレスウェルさんが、包み終わったばかりの水餃子を、正しい向きでクッキングマットの上に置いた。

「これで、少しは財布のひもを締められますか?」

「大丈夫だと思いますよ」

 佐和先生の返答に、クレスウェルさんは満足そうに微笑んだ。

(なるほど、何かに似ていると思ったら、がま口。おばあちゃんが持っていた、小銭だけが入る小さいがま口。そう言われたら、本当にそうだ。四つ折りにして、さらに半分に折った千円札が入っていたこともあったっけ)

 早都は感慨に浸りながら、みんなの水餃子を見渡した。水餃子は、左右3本ずつ、たった6本のヒダなのに、それでも、作る人によって形は様々。コロンとした形になる人もいれば、少し横長になってしまう人もいる。それでも、どれもがクラシカルながま口タイプの小銭入れの形。

「皮を伸ばし過ぎると横長のお財布になってしまいます。丸みがある方がよければ、伸ばしすぎないようにしましょう。石黒さんは、もう少し皮が小さくてもいいかもしれませんね」

 貴婦人さんの名前は、「石黒さん」だった。

(貴婦人さんも、占いはやらないかもなぁ)

 早都が、そう思っていると

「皆さん、手が止まってますよ。1人20個ずつ包んでくださいね」

 佐和先生が全体を見渡して声をかけた。

「先生、私の水餃子、ヒダが短いんですけど、ヒダを長くするにはどうすればいいですか?」

 早都が思っていた疑問を、佐和先生に投げかけた。

「人差し指を、もっとこっちから、ぐぅっと持ってきてみてください」

「こんな感じですか?」

「う~ん。もっとこんな風にです」

 佐和先生が、皮を伸ばし、具を載せ、やって見せてくれる。

「こうですか?」

「そうですね。いいですよ」

 おうちカルチャーに通うメリットは、こういうところにもある。直に自分の動きを見てもらって、先生から個別にアドバイスがもらえる。その醍醐味を味わって、早都は再びモチベーションが上がった。

「残りも頑張って包んでくださいね」

(よし、あと残り7個。しっかり包むぞ!)

 早都は、残りの水餃子作りに集中した。


「包み終わった方は、試食分として、5個をこのトレイに載せてください。残りは、お持ち帰りになります」

 先生の声で我に返ると、クレスウェルさんと貴婦人石黒さんは、既に包み終わっていた。早都も、最後の1個を包めば、完了だ。初めて受講の岡田さんと、占い話の中心だったウッチーは、もう少し時間がかかりそうだった。


 作業が終わった人から、自分の使った調理用具を片付け始めた。本当に静かに調理用具を片付ける貴婦人石黒さん。動作の一つ一つが、無駄のない丁寧な動きで、洗練されている。

(家族みんなが、同じような所作で暮らしているんだろうな。それに比べて、うちはドタバタとした音が四六時中響いている……)

 早都は、何だか恥ずかしくなってしまった。

 全員が包み終わり、片付けも終盤にさしかかった頃のこと。

「私も1度だけですが、占ってもらったことがあります」

 貴婦人石黒さんが、隣にいる早都にしか聞こえないような声の大きさで、はにかみながら呟いた。

「学生の頃ですが、旅先の神戸の中華街で。友人に誘われて、ドキドキしながら占い師さんに見てもらいました」

「神戸の中華街ですか……横浜の中華街にも、占いのお店が沢山あります。中華街の雰囲気が占いにマッチしているのか、何となく、当たる気がしますよね」

「そうかもしれませんね。うふふ」

 貴婦人石黒さんが、微笑みながら早都の方を見た。

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