第26話 にじむ
天気予報を信じた神那の勝利だ。
「寒い」
カウンターから戻ってきた双子の片割れが、紙コップに入ったドリンクを、包み込むように、あるいは抱き締めるように、しかと握り締めた。
「今日はあり得ないくらい寒いので僕はホットのコーヒーを頼みました」
「ほら! 昨日に明日から冬の気温になるよって言ってたでしょ!」
四人掛けの客席のテーブル、双子の片割れと神那が向かい合って座る。残ったもう片方はまだカウンターでレジの店員とあれこれ話をしながら注文中だ。
神那も紙コップに入ったお湯を両手で包み込んだ。ホットの紅茶を頼むと白湯とティーパックが出てくるのだ。
それにしても――神那は紅茶を選んだのに、双子の片割れはコーヒーを選んだ。しかも砂糖やミルクを入れずにそのまま飲み始めた。
神那もコーヒーを飲めないわけではない。だが、砂糖やミルクはたっぷり入れるし、できることならカフェオレやカフェラテが良かった。
大人になると、ブラックのコーヒーもおいしくなるのだろうか。
双子は自分より大人なのだろうか。
もやもやする。
そのうち片割れも客席に戻ってきた。
そして、言った。
「今日はあり得ないくらい寒いので僕はホットのコーヒーを頼みました」
神那は思わず「すごい!」と叫んでしまった。
「たった今片方もまったく同じ台詞を言ったよ! 一言一句一緒だよ!」
「あれ、そう? なんだか今日はシンクロ率高いね」
「そういう日もあるよね。寒いし」
「そう、寒いし」
「シンクロ率に気温関係あるの?」
コーヒーを飲みつつ、先に座っていた片割れが言う。
「いや、たずもコーヒーにしたんだ……いつもオレンジジュースなのに……」
片割れが「そっちこそ」と言う。
「まあ、氷入ってると寒いからね」
「そう。冷たいからね」
「これは豆知識なんだけどね、マックのジュースって氷抜きっていう注文もできるんだよ。まあ、でも、コールドドリンクですからねオレンジジュースは」
本人たちの言うとおり、今日はシンクロ率が高そうだ。二人とも揃って普段は選ばないものを選んでいる。そしてやはり砂糖もミルクも入れずにそのままブラックで飲み始めるのだ。
しかし神那はこういうちょっと不思議な現象にもとうに慣れてしまった。双子が意図せず同じ行動を取ることはよくある。
「ねえ、思うんだけどさ」
神那は紙コップのふたを開けてティーパックを取り出しながら問い掛けた。
「いっつもそんな感じでさ、二人はさ、自分と相手は違う人間なんだなって思うことある?」
双子が揃って首を傾げる。
「って、どういうこと?」
「うまく説明できないけど――アイデンティティ、って言うのかな。自分と片割れがごっちゃになっちゃわない?」
片割れが「ああ、なるね」と答える。
「なるなる。どこからが自分でどこからが相方なのか分からなくなる瞬間、あるよ」
指で空中にくるくると丸を描く。
「たとえばさ、僕らは服を二人で買いに行くんだ」
「服を?」
「そう。試着するのがめんどくさいから、相方に宛がって自分に合うか確認するんだよ」
コーヒーを握り締めたまま頷く。
「自我の境界。自他の区別。僕らにとっては難しい問題だね。僕と相方は地続きの生物だからさ、いつか離れて暮らす日が来るなんて考えられないな」
そういう生き物が傍にいて一緒に暮らすのはどんな感覚なのだろう。神那には八個年上の姉と六個年上の兄がいるが当然全員別個の人間だ。
双子はテレパシーが使えると言う。本人たちに聞くとそれは迷信で冗談だと答えるが、神那には使えるのだとしか思えない瞬間がよくある。たとえば今も、二人とも普段は選ばないホットのコーヒーを買ってきたわけだ。
自我が、にじむ。
不思議な不思議な、双子の世界。
「ナゲット欲しくなってきたな」
「買ってこようか? ソースは何がいい?」
双子が声を重ねて「期間限定のチーズフォンデュでしょ」と答えた。
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