第20話 橋の上

 雑念を振り切るには体を動かすに限る。ましてこれからの季節はあえて運動をしなければ汗をかかないのだ。

 汗をかくのはいい。すっきりする。汗に体内の毒素を排出するデトックス効果があるというのはどうやら嘘らしいが、心の中の毒素は間違いなく排出されていくのだ。


 神那が今日から毎日走ると決めたのはグーグルマップを信じるなら約五キロの道のりである。学校から帰ってきて、夕飯を食べ、風呂に入る前に走るのだ。そうすると夕飯の消化も促進されダイエットにもなる。一石二鳥だ。


 それに双子がついてきた。

 神那が、一緒に走って運動不足を解消しろ、と命令もとい勧誘したのだ。

 双子は写真部である。それもろくに活動していない。体育会系文化部と呼ばれ筋トレで腹筋や心肺を鍛える合唱部の神那と比べるとずっと運動量が少ない。


 午後八時過ぎの暗い夜道を走る。と言っても街灯と住宅の明かりで真っ暗というほどでもない。だが、住宅がある地区――新興住宅街でこの二十年ほどで栄えた地域だというのに双子曰く集落――を抜けると、田んぼになり、川になり、古い神社のある暗い旧道に入る。交通量は多いので神那はそこまでの暗闇だとは思っていないが、だからこそ逆に「事故に遭わないようにね」とは母の言である。


「神那ちゃあん」


 双子が次々と音を上げる。


「暗いよ、寒いよ」

「疲れたよ、足が痛いよ」

「帰ろうよ、帰ろうよ」

「しっかりしろ高校二年生男子!」


 神那は二人を置いて駆け出した。


 さすがに一応男子らしい。双子はそう間を置かずについてきた。


 住宅街を抜け、田んぼの間を走る。旧道に出る。右手、東側に行けば川だ。


 橋の上に来た、その時だった。

 強い風が吹いた。

 神那のポニーテールが風に引っ張られる。髪が乱れてしまう。どうせ双子しか見ていないのでそこまで気を使う必要もない気がするが、神那は何となく恥ずかしくなって立ち止まった。


「あっぶない」


 双子も立ち止まる。


「やっぱり橋の上は風が強いね。飛んじゃう」

「飛びはしないでしょ、さすがに」

「ところが飛ぶんだよこれが」


 振り向き、双子の顔を見た。


「飛んだことがあるんだよ。たずが」

「なんと」


 この先には交差点があり、今の神那は北進するつもりだったが、南進すると大きな病院がある。聞くところによると双子の亡くなった祖母はその病院に入院していたのだそうだ。

 自宅から病院まで徒歩だと、三十分くらいはかかってしまうかもしれない。しかし当時三歳の保育園には入れなかったやんちゃ盛りの双子と職業病の慢性運動不足に悩んだ双子の父は、見舞いのために歩いて通っていた。


「で、やっぱりすごく風の強い日に、たずがよろけて。そこの手すりに、頭ガンッと」


 片割れ――奈梓がそう言うと、もう片方――太梓が自分の頭を押さえた。


「ここ。ここに傷があって、ちょっとハゲてる」


 奈梓がポケットからスマホを取り出し、ライト機能をオンにして「見る?」と言ってくる。太梓が後ろを向きながら自分の髪を掻き分ける。

 神那はスマホに照らし出された太梓の後頭部を眺めた。一センチにも満たない傷だが、確かに白い線状のハゲがある。


「これ、たずだけ? なずにはない?」

「そう、僕だけ」

「初めてたずとなずの見た目で判別できる特徴が!」

「いや、見ないし知らないでしょ普通」


 言われてみればそうだ。

 神那は大きな溜息をついた。


「……まあ、とにかく、行くよ!」

「うぃっす」


 三人は東を向いて走り出した。





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