第6話 3人目の登場

「レンマさん、オレね、やっぱりこの国にはオレ達みたいなパーティーが必要だと思うんですよね!」


 ダークウルフの牙を売った金で泊まる、安宿のツインベッド。まだ寝る時間には早く、アルノルの熱弁を聞いていた。


「もちろんモンスター自体に罪はないです。古くからそこにいただけですから、戦うことに躊躇とまどいがないわけでもないんです。でも、セノレーゼの発展のためには、モンスターの一部から色々作ったり、領土拡大のために倒したり、希少な植物を採るために追い払ったりしないといけないんですよ!」

「なるほどな、単純にお金のために倒すわけじゃないってことだな」

「そうなんです!」

 社会人で体得した相槌スキルを使いこなす。


「オレはこの国がもっと良くなったとき『自分はその一端を担えたな』と思いたいんですよ。そういう崇高な想いを持って戦うことが大事ですよね!」

「ああ、うん、そうだな……」



 彼の話を聞きながら胸に去来していたのは、羨望と嫉妬。


 こんなにアツい想いで自分の仕事に邁進できる。もちろん元の世界にもそういう人生の先輩や著名な経営者がいたけど、聞けばアルノルは7歳も下の19歳。その年でここまでの夢と野望が持てるのは、やはりこの国が果てなき発展途中だからだろうか。



「だからホントに、レンマさんに出会えたのは幸運でした」

「は? 俺?」


「僕はまだスキルも精神も未熟すぎて、パーティーのリーダーはできません。でもレンマさんがリーダーなら安心できます。あれだけの魔法スキルを持っていながら謙虚でどっしり構えてる。頑張って修行してたオレに神様がご褒美くれたんだなって」


 何なのこの子、前世は神なの? こんな笑顔で幸運を自分の努力の見返りだって話せる人いるの? 幸運が起こったら「今月の運、使い果たしてたらどうしよう……」ってなる人間だぞ俺は。


 そしてアルノル、君は2つ間違ってる。1つ、俺のは謙虚じゃない、ホントに自信がないだけだ。そしてもう1つ、どっしり構えてるんじゃなくて、何が来ても踏ん張れるように身構えてるだけだ。



「だって、どこでも魔法を使えてしかもその威力の調整ができるってとんでもないことですよ! もう一回火つけてみてくださいよ!」

「ランプにか?」


 近くにあったすすけたランプの灯を吹き消し、そこに向かって両手を翳す。やがて、赤い光とともに小さい炎がポワッと出て、再び明かりが灯された。


「普通は、地脈のエネルギーが大きければ強く、小さければ弱くしか魔法を使えないんです。それを自由に調整できるって、間違いなくこの国のトップレベルの魔法使いですよ!」

「ありがとな……」


 こうやって魔法を褒められる度に、大したことない自分本体が浮き彫りになって辛い。

 世のチート能力もらってる転生者はこれをどうやって乗り越えてるの。俺もそうなりたかったよ。


 そんでもってさ、タチの悪いことに、心を整えるために「こうやって悩んでる俺の方が、普通の人より賢いぞ」とか自分に言い聞かせたりするんだよ……!


 あああ、恥ずかしい! レンマ、これは恥ずかしいぞ! 穴があったら入って摘んだ花の花びら1枚1枚ちぎりながら「恥ずかしい、ごめんなさい、恥ずかしい、ごめんなさい……」って謝罪を込めた占いしたい。それのどこが占いなの。



「でも、パーティーは最低3人ですからね、明日は他のメンバーを集めましょう! じゃあおやすみなさい!」

「ああ、おやすみ」



 エネルギーをもらいつつエネルギーを吸われ、月明かりをカーテンで遮って床に就く。机にちょこんと座って休んでいたモーチから「よっ、パーティーリーダー!」と呼ばれ、俺は虫を追い払うように手で扇ぎながら眠りについた。






「あのさ……アルノル……もう1人のパーティーメンバーを探すって、本当にこのやり方であってるのか……?」


 翌日、身支度をしてすぐに山に入り、中腹をウロウロする2人。

 俺の問いに、彼は「我に策あり」とばかりに握った拳を見せる。


「向こうも多分、1人か2人でしょうから、オレ達みたいに人数が足りてないパーティーがいないか、モンスターのいる場所を張って探してると思うんですよね!」

 本当かよ。そんなナンパスポットみたいな感じなの。


「もし見つからなかったとしても、昨日みたいにダークウルフに遭遇すればまた今日の宿代は稼げますし!」

「まあどのみち来なきゃいけなかったってことか……痛っ!」


 歩いていて何かに引っかかった。ふくらはぎの方を見ると、肌が出ていた部分にやや太めの針のようなものが刺さっている。


とげ、かな?」

「大丈夫ですかレンマさん? 軽く血出てますけど」

「ん、そんなに傷深くないから——」


「ダメですよ、そのままにしたら!」


 どこからか声がしたかと思ったら、綺麗にウェーブしたオレンジ色のロングヘアー女子がトトトトッと走ってくる。


「え? あの……」

 戸惑っている俺に構わず、彼女は俺の患部を手で触りながらじっと観察した


「この植物は……うん、命に影響はないですけど、かなり腫れて痛みが続きます。消毒しましょう」


 そう言って傷口の部分をグッと押し、溜まっている血を出す。続いて、提げていたカバンから小瓶を取り出し、入っているドロドロの緑色の液を綿で塗ってくれる。ピリッと痛みが走ったが、すぐにひいた。


「ふう、これで一安心です」


 安堵した表情を見せる彼女。よくよく見ると、気品がありながら親しみやすさも感じられる、美しい顔立ちだった。

 濃褐色の大きな瞳に、くるんと反った長いまつげ。小さくて可愛い唇は薄いピンク色で、きめ細かい白肌とのコントラストが美しさを引き立てている。

 服は絹だろうか、腕に当たった部分がちょっと高級な肌触り。こんな人に手当されるの、ちょっと気恥ずかしい。



「ありがとう、助かったよ」

「いえいえ、薬師くすりしなので植物や手当に詳しいだけで。近くにいて良かったです」


 その言葉に反応したアルノルが、氷上を滑るかのようにスススッと彼女の元へ近寄る。そこにモーチもなぜか近寄る。彼女は「わっ、妖精」と小さな声で驚いていた。


「あの、ひょっとして、パーティー組んでなくて他のメンバーを探してウロウロしてたりしませんか!」


 どういうピンポイントの訊き方なんだよ。それに合致する人どれだけいるんだよ。


「はい、実はそうなんです」


 何この偶然。これが元の世界のクリスマス公開映画だったら、「その日、僕と彼女に"奇跡"が降ってきた」って100万回使い古されたキャッチコピーつけられるでしょ。そのまま壁ドンして大病患って残りの人生を自分らしく生きるでしょ。



「朝から他にも何組かお見かけしていたのですが、なかなかお声がけできず……」

「そうなんだ……って、ん? ねえ、お姉さん、ひょっとして……女王候補のシュティーナ=ハグベリ姫?」

「あ、ホントだ! 前に紙で貼られてた似顔絵とそっくりじゃない!」


 知らない名前が登場した、アルノルとモーチの問いの返事を聞く前に、泡がゴボゴボと弾けるような音が耳に入る。


 音の方を振り向くと、子牛くらいの大きさの、泥で形作られた四足歩行の生き物が、目も鼻も分からない顔でこちらを向いていた。


 モーチが「ソイルヘッド!」と叫ぶ。


「突進してくるだけの単調な攻撃だけど、ぶつからないようにね!」

「もうなるべく攻撃されたくないよホント……」


 ダークウルフとの戦いを思い出しつつ、両手を翳す。隣にいる薬師の「え、ここは魔法は……」という引き止めを聞きながら。



「水で溶ける、よな……?」



 青い光に包まれた手から、消防車の放水ポンプもかくや、もの凄い勢いで水が出ていく。敵はこちらに向かってくる間もなく、身構えたままの姿でドロドロと崩れていった。



 横で一部始終を見ていたオレンジ髪の彼女が「信じられません……」と呟く。


「この山の辺りはほぼ魔法が使えないと聞いてましたけど、あんなに威力のある攻撃を……」


 呆然とした表情の彼女に、モーチが自慢したくて堪らないと言わんばかりに答える。


「そうそう、これが超弩級の魔法使い、レンマ=トーハンの能力なんだよ、シュティーナ!」


 落ち着いたところで、モーチも含めた4人それぞれ自己紹介をする。なるほど、シュティーナは次期女王候補なのか、そりゃ有名なわけだな。なんで薬師やってるのかよく分からないけど……。


 女王か……みんなの視線と期待を一心に集めるなんて、俺みたいなタイプの人間にはできないな、すごいな。



「でさ、シュティーナさん。もし良かったら、オレ達のパーティーに入ってくれないかな? 薬師がいると怪我や病気も安心だから助かるんだけど」

「はい……あの、私なんかでよければ」

 彼女が快諾すると、アルノルはモーチとハイタッチしてぴょんと跳びはねた。


「やったぜ! レンマさん、これでパーティー結成です!」

「ああ、良かった。よろしくな、シュティーナ」

「よろしくお願いします、レンマさん」



 これが、俺と彼女の出逢い。後に、割と自分に似たタイプと知る、シュティーナ=ハグベリとの出逢い。

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