【第17話】

 早朝、アムルは、仕事で王都へと出掛ける森羅シンラを見送った後、孤児院で暮らしている子供達と共に朝食を済ませ、午前中の授業の準備をする為、広場へと出た。

 遠い空には鉛色の雨雲がどんよりと浮いているのが見える。

 風は然程さほど吹いてはいないから、雨が降るとしたら夕刻ぐらいだろうとアムルは思った。

 広場では、子供達が楽しげな声を出しながらボールを投げ合ったり、縄跳びをしたりと遊んでいる。

 多種多様な花が咲いている花壇では、いつもの様に黙々と花鈴カリンが花の手入れをしていた。

 「毎日、お花のお世話をありがとうね。 花鈴カリン」と、アムルは声を掛けた。

 アムルの優しい声に気付いた花鈴カリンは、照れながら遠慮しがちに首を左右に振った。

 「本当に綺麗に咲いているわね。 きっと、いつも貴方が毎日心を込めて丁寧に手入れをしてくれているから、花達も貴方の気持ちに応えて、こんなに綺麗に咲いていてくれているのね」と、アムルは花鈴カリンに微笑んだ。

 花鈴カリンは、はにかんだ笑顔でアムルに答えた。

 「お願いがあるのだけれど、今から授業で使う物を倉庫へ取りに行くのだけれど、一緒に教室まで運ぶのを手伝ってもらえる?」

 「はい」

 「ありがとう、花鈴カリン。 それじゃ、行きましょうか」

 花鈴カリンは頷くと、アムルの後をついて行った。

 

 午前中の授業が終わり、アムルは子供達と一緒に昼食を済ませ、従業員と執務室で午後の授業の用意をしていた。

 アムルは壁時計にチラリと目をやった。

 「もう昼過ぎだというのに連絡の一つも無しで・・・全く困った子ね」と、アムルは1人愚痴ると、午後の授業の準備を従業員に任せ、森羅シンラを迎えに行く事にした。

 執務室を出ると、花鈴カリンが廊下を通りかかっている姿が見えた。

 「花鈴カリン」と、アムルが呼び止める。

 「はい」と、花鈴カリンが振り向いた。

 「今から森羅シンラを迎えに行くのだけれど貴方も一緒に来る? この時間だから多分、途中で落ち合えると思うけれど、王都に行くまでに森があるでしょ? あそこに綺麗な野花が色々と咲いていると思うのよ。 もし、花鈴カリンの気に入る野花が咲いていたら持って帰って、花壇に植えたらどうかなと思って」

 「はい、一緒に行きます」と、花鈴カリンは嬉しそうに頷いた。

 「ふふ、それじゃ用意して行きましょうか」と、アムルは微笑んだ。


 アムルと花鈴カリンがスラムを出発して30分位経った頃、目の前に森が見えて来た。

 アムルが早朝に見た、遠くに浮いていた鉛色の雨雲は色濃くなり、かなり近くの空にまで迫って来ていた。

 周辺の空気も湿りを帯びて来ている。

 「傘を持ってくれば良かったかしらね。 スラムから王都までは一本道だから、森羅シンラは、この道を通って帰って来るはずよ。 それまで、この森を散策でもしながら待ちましょうかね、綺麗な野花でも咲いていると良いのだけれど」

 花鈴カリンは嬉しそうに頷くと、小走りで森へと向かって行った。

 「花鈴カリン! 足元に気をつけなさいよっ! ふふ、あの子ったら本当に花が好きなのね。 将来は、お花屋さんかしらね」と、アムルは笑みをこぼした。

 アムルは花鈴カリンの跡を追い、森の中へと入って行った。


 しばらく歩いて行くと、道沿いに綺麗な野花の群集が見えて来た。

 そこには、得体の知れない恐怖で涙を流しながら震えている花鈴カリンの姿と、花鈴カリンを挟む様に2人の男が不適な笑みを浮かべながらアムルを見つめていた。

 曇天から雨粒がポツリと、アムルの頬に流れ落ちた。

 

 

 

 

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神獣のテンペスト イシダ ヤナセ @masato56122

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