14
沙希が気づいた時には、あの少年も、目の前に確かに現れた遥かに広がる草原も、こぼれそうな天の川も全て消えていた。しんと静まり返った夜の住宅街がただ茫洋と広がっていた。足元に落ちている本に気づき、慌てて拾い上げる。なんだかとても軽くなっていた。パラパラとページを繰ると、沙希がさっきまで読んでいた幻の物語は跡形もなく消えていた。
夢だったのだろうか。そう思った時に、はらりと一番最後のページから何かが落ちた。拾い上げる。細かな文字がぐるりと書かれたそれは、栞だった。小説の一部が切り取られたデザインのようだ。文章を目で追いながら裏返すと、丁寧な文字が書き加えられていた。
「大切な物語をお売り頂いてありがとうございます。 古書店 蟲」
「まだ最後まで読んでなかったのに」
少しだけ口元を尖らせて沙希が呟いたとき、遠い道の向こうがうっすらと明るくなってきた。ゆっくりと、でも確かに沙希の前の道に明るい光が満ち始めていた。沙希は深呼吸をするように胸いっぱいに大きく息を吸い込んでから叫んだ。
「一緒に見てくれてありがとう」
あの少年に届くのかわからなかったけれど、久しぶりに使った『ありがとう』という言葉が心地よかった。叫んだ声がすっかりと朝の光のとけ込んで、見慣れた街並みが戻ってくる頃に沙希は歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます