第19話







   19話






 梅雨も上がり本格的な夏が始まった。

 梅雨の時期も雨が降ることも少なく、梅雨明けは例年より早いようだった。


 

 「葵音さん、昼御飯できましたよ。今日は暑いので冷やし中華にしてみました!」

 


 作業場でいつものようにジュエリー作りをしていると、黒葉がエプロン姿のまま作業場に入ってきた。



 「今行く。あ、そうだ。」

 「どうしましたか?」

 「ほら、この間お前が作ったの、キーホルダー着けておいたぞ。」

 「わぁ!!」



 葵音は、完成したキーホルダーを手に取って黒葉に渡した。

 紙粘土ではなく、銀粘土を使って作ったのだ。ようやく完成したのは、予定のリングとは違う、チャームだった。

 予想より大きくなってしまい、仕方がなくチャームにしたのだけれど、黒葉は受け取った初めての自分の作品を見て、とても嬉しそうに見つめていた。


 料理などは好きなようだが、不器用な部分があり細かい作業は苦手な黒葉だったけれど、それでも諦めずに完成させていたのには、葵音も驚いた。

 出来上がりは、お世辞にも上手とは言えないものだったけれど、それでも丁寧さが伝わってきていた。

 六角形の角には小さな宝石があり、キラキラと光っていた。



 「やっと出来上がりましたぁー!嬉しいです。」

 「冬の六角形だったけど、夏になってしまったな。」

 「そうですね……。さっそくストラップに付けます。」

 「それがいいな。」



 喜ぶ黒葉がとても無邪気で可愛いと思い、気づくと葵音は彼女の頬にキスをしていた。


 突然のキスに驚きながらも、黒葉は少し恥ずかしそう微笑んでこちらを見つめてくる。

 こういう雰囲気になると、あぁ、恋人同士になったんだなと思って幸せを感じるのだ。

 彼女の無言の甘えに応えて、唇にキスをすると、黒葉は満足そうにニッコリと笑みを浮かべた。


 そして、彼女に考えていた話しをした。


 「今度、2日ぐらい休みが取れそうなんだ。………一緒にどこかに出掛けないか。旅行でもいい。」

 「本当ですか!!嬉しい………初旅行ですね。」

 「どこに行きたい?」

 「海に行きたいです。あ、泳ぐとかではなく、夜の海に。」



 そういえば、彼女は前に海にほとんど行ったことがないと言っていた、と葵音は思い出した。



 「じゃあ、海辺で探すか。そういえば、海の近くにプラネタリウムがあるところがあったはずだな。」

 「プラネタリウム……。」



 星関連の言葉を出すと、彼女は目を輝かせる。プラネタリウムも気になるようで、何も言わなくても「行ってみたい!」という気持ちが伝わってきていた、葵音は思わず笑ってしまった。

 目の前の彼女の顔も恥ずかしそうにしながらも、楽しそうなのがわかる。

 きっと自分も彼女と同じような顔をしているんだろうなと、葵音は思った。


 

 「プラネタリウムも初めてか?」

 「はい。テレビや本でしか見たことないので、どんな所なのか気になっていたんです!星空が見えるんですよね。」

 「あぁ、すごい数の星で、明かりがなかったらこんなに見えるのかと驚くと思う。」

 「………すごい……見たことのない星もみえるんですね……。」



 まだ見ぬ作り物の星空に想いを馳せる彼女を見て、葵音の心は決まった。



 「じゃあ、次の休みは海沿いのプラネタリウムで決まりだな。」

 「本当にいいんですか?せっかくのお休みなのにゆっくりしなくて……。」

 「彼氏なんだ。黒葉とデートさせてくれ。」

 「デート………。」



 葵音の言葉を聞いて、更にキラキラした瞳になる黒葉は、少し考えたあとに「私も葵音さんと旅行デートしたいです。」と、張り切った声でそう言った。



 「じゃあ、今夜は旅行の事を決めような。」

 「はい。楽しみですね。………あ、冷やし中華のびちゃいます!」

 「あぁ、そうだったな。」



 パタパタとスリッパの音を部屋に響かせて走る黒葉の後を、葵音は微笑みながら続いたのだった。





 その日の夜は、2人でベットの上にスマホをノートパソコンなどを広げて、旅行の計画をたてた。

 海まではいつも渋滞したり、駐車場がなかったりするので、電車での旅にしようと決めた。

 黒葉は、それも嬉しかったようで「電車ならお弁当作っていきますね!」と、今からお弁当の中身を考えている様子だった。


 その間、葵音はホテルを決めて予約したり、電車を調べたり、プラネタリウムの予約までこなしていた。

 


 パソコンで予約したホテルや、プラネタリウムの写真を見せると、黒葉はますます楽しみになったようだった。


 パソコンなどを片付けていると、黒葉がゴロンとベットに横になりながら窓から見える月を見ながら言った。



 「早くお休みの日になって欲しいですね。」

 「あと10日だ。あっという間だよ。」

 「………葵音さん、私とっても幸せです。大好きな人とこんな風に一緒に過ごせるのって、こんなにも楽しくて、嬉しくて………毎日がキラキラしてるんですね。」


 

 黒葉のまっすぐな言葉と気持ちが、葵音の胸にすっと入り込んだ。

 好きな人にそんな事を言われて、嫌な恋人がいるだろうか。

 黒葉の言葉が嬉しくて、葵音は内心とても感動してしまっていた。


 今まで沢山彼女もいたし、関係をもった女性も多かった。

 けれど、その誰とも黒葉とは違っていた。

 葵音はそう断言出来た。



 何が違うのかなんて、葵音自身でもわからなかった。

 ただわかるのは、彼女が特別だという事だけだった。



 まっすぐな心も綺麗な黒髪も、少し泣き虫な所も、真っ白で綺麗な肌も、純粋でキラキラとした笑顔も、全てが特別だった。



 葵音は、彼女が横になるベットに体を寄せて黒葉の顔の横に手をついて覆い被さるように近づいた。

 黒葉は、押したされたような体勢に少し緊張しながらも、葵音に視線を向けた。

 

 彼女の柔らかい頬を、そっと撫でる。

 それだけで、指が熱を持ち始めるのがわかった。



 「俺は不思議とお前が特別に感じてるんだ。……だから、黒葉にそう言われると俺も嬉しいよ。」

 「特別……ですか?」

 「あぁ……今まで付き合ってきた人とは全く違う。何がって言われるとわからないけど。でも、会ったばかりの人間を助けて一緒に住んで、好きになったんだ。そういう事なんだろうな。おまえと、もっといろんな事をしていきたいと思うよ。」

 「………私ももっと葵音さんも感じたいです。いろんな葵音さんを見たい。」

 「………そういうおまえのまっすぐで正直なところ……弱いんだよ。」



 葵音は、苦笑しながらも気持ちの高ぶりを我慢出来ずに、黒葉の唇にキスをした。


 何度も繰り返していくうちに、黒葉の呼吸は荒くなり、キスも深くなる。

 ベットも葵音が動く度にギシリと音がなり、黒葉の瞳も熱を持っていく。そして、唇からは荒い呼吸と水音が鳴り、静かな部屋に響いた。



 視覚も聴覚でも、葵音の体が熱をおびてきて、欲情してしまう。

 彼女が自分を煽るからいけないんだ。

 そんな事を思いながら、キスをしている時に葵音の手が彼女の服の中にそっと入り込んでいく。

 もうそれは無意識だった。

 彼女に触りたいという気持ちが大きくなりすぎて手が動いた。


 すると、彼女は「あっ………。」と今まで聞いたことのないような女の声を出して、体を震わせた。


 それを見て、葵音はハッとなり黒葉から体を離そうとした。

 あぁ、また自分の気持ちを抑えられなかった。黒葉を、怖がらせてしまうつもりはなかったのに。

 そんな風に後悔をしながら、「ごめん……。」と、言って体を離そうとするが、それを彼女によって止められてしまった。



 黒葉が葵音の体に腕を絡めて抱きついてきたのだ。



 「黒葉……?」

 「………葵音さんをもっと感じたいし、いろんな葵音さんが見たいって、いいましたよね?」

 「………黒葉、この状態でその言葉を言う意味がわかっているのか?」



 黒葉は、目を潤ませ、頬を紅潮させて葵音を見上げた。葵音を抱き締める腕の力が少しだけ強まって、また彼女との距離が狭くなる。



 「わかっています。………知らない葵音さんを見せてくれませんか?」

 「……っっ………。」



 彼女のその言葉で葵音の理性がとんでしまった。

 飢えた獣のようだと、心の中で冷静に自分の行動を見つめながらも、葵音は黒葉の体を求め事をやめられなかった。


 葵音が彼女の優しい瞳と、温かい体温、そして彼女自身の快楽に溺れるのは、あっという間の事だった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る