6「二度目の告白は空に散る」


「じゃ、あたしは報告に帰らないとだから」

「待って未刀ちゃん、学校は?」


 未刀ちゃんが手を振って帰ろうとするのを、わたしは慌てて引き留めた。

 ちなみに降野姉妹は未刀ちゃんにお礼を言って先に帰っている。


「もう昼休み終わってるし、今から行ってもしょうがないでしょ」

「それもそっか。って……わたしたちもどうしよう!」

「あ……星見ちゃん、五時限目もう終わりそうだよ……」


 なんてこと……授業サボってしまった。今から戻れば六時限目には間に合うけどなぁ。ちょっと戻りにくい。


「星見、明伊子。そこは僕がなんとかしている。心配するな」

「なんとかって、なにをしたの」

「ダミーを作って席に置いた」

「あぁ、そうですか……」


 ダミーて。もうほんとなんでもありだね夢羽くん。助かるけど。


「それより天灯未刀、キミは――」

「おっと。ムーの戦士、あんたと話をするのは妹を交えてと決めてるの。だからまた今度ね。その時に今日のお礼もするわ」

「ふむ、わかった。楽しみにしている」


 た、楽しみにしているって、夢羽くんでもそんなこと言うんだ。

 未刀ちゃんの力に興味津々なんだね。

 そういえば改造霊子がどうとか言ってたっけ。ちょくちょく出てくる単語だけど興味ないから詳しく聞いてなかった。なんなんだろ?



「というわけで。なにか困ったことがあったら是非『天灯の巫女』にご相談を。それじゃ」


 未刀ちゃんはそう言って今度こそ公園から出て行く。

 天灯の巫女、かぁ。夢羽くん以外にもああいう人いるんだね。すごい子と知り合っちゃった。

 でも普通に女の子っていうか、気が合いそうだった。今度は普通におしゃべりしたいな。



「さて、僕たちの方はまだ終わっていないぞ」

「え? どゆこと?」

「岩室先輩。あなたはまだ辛いか?」


 あぁそうだった。もともとは岩室先輩が失恋して辛いのをどうにかして欲しいって話だった。

 それがあんなぐっちゃぐちゃな話になっちゃったんだよね。ゴミ男とクズ男のせいで。

 あの男たちに比べたら岩室先輩の失恋はピュアなもんだよ。


「俺は……ああ、つらい。死ぬほどつらいさ」

「そうか。だが、清々しい顔をしているな」

「やることが決まったからな」

「えっ、岩室先輩まさか」

「俺はもう一度二奈さんに告白する」

「やっぱりー!」


 そうだよなぁ、さっきの二奈さん見ても諦めないんだもんなぁ。ていうかもしかしたらあれが二奈さんの平常運転で、そういうところに岩室先輩は惚れちゃった? マゾなの?


「でも……星見ちゃん、二奈さんの彼氏がアレだったし……」

「ワンチャンあるって? そうかなー?」


 確かに二奈さんが岩室先輩をフったのって、彼氏がいるからってことだけど……。

 本当にそれだけなのかなぁ。


「わかった。ならば僕が、シチュエーションを用意しよう」

「本当か!?」

「任せてくれ」

「あーあ、マジでやるんだね……」


 もうどうにでもなーれ。わたしには止められないや。



                  *



 放課後、夕暮れ時。

 学校の屋上に、岩室先輩と二奈さんが向かい合っていた。


「……え? ここどこ? なんで私こんな所にいるの?」


 うん、二奈さん大学生だもんね。夢羽くんが高校の屋上に飛ばしたんだよ。つまり拉致った。あーあって感じ。


 夕暮れ時の屋上で告白するっていうのが、岩室先輩の理想のシチュエーションらしい。

 まぁわかるよ、雰囲気は出てる。ロマンチックだね。

 でも二奈さんの方はどうだろ? 高校時代のこと思い出して気分に浸れるのかな?

 わたしだったら強制的に連れてこられた時点でドン引きする。

 夢羽くんこういうとこわかってないよなー。


「二奈さん! 俺の話を聞いてください!」

「……連くん?」


 そしてここにもわかってない人が一人。

 岩室先輩(連くんって呼ばれてるんだ)、本当にこの状況で告白しちゃうんだね……。


 ていうか今さらだけど、告白覗いてるわたしたちもちょっとアレだ。

 しかも堂々と二人のそばで見るなんて。


「あの……本当に、私たち見えていないんですよね?」

「ムーの戦士の力で見えなくしている。声も聞こえないから安心してくれ」

「はぁ。ちょっと悪趣味な気もするけど、ま、いっか」


 でもちょっとだけ後ろに下がって、二人から距離を取った。


「二奈さん。こないだ、俺の気持ちを伝えました」

「うん、聞いたけど」

「そして……フラれました。でも俺諦めきれないんです! さっきのでますます惚れ直したっていうか……だから、もう一度告白させてください!」

「……連くん……」


「好きです! 俺の気持ちは純粋です。裏切ったり騙したりしません。本物です。ずっとずっと好きだったんです! だから二奈さん、俺と付き合ってください!」


 言った。言い切った!

 いやドン引きとか言ってすみません、いまの告白はちょっといい感じでしたよ岩室先輩。


 でも……。


「んー、ごめん。やっぱり連くんと付き合うのは無理かな」

「ぐがっ……」

「ほら、私も小さい頃から連くんのこと知ってるけど、子供だなーとしか思ってないんだよ。今だってさ、さっきあんなことがあったばっかりなのにって思うし。そもそもついこないだフったばっかりでしょ。伝わらなかった?」

「あう……それは」

「そういとこ本当に子供だなって」

「――――」


 これはオーバーキルだ。岩室先輩のライフはゼロよ。


「それより、ここ連くんの学校? どうなってるの? 私どうやって帰ればいいのよ……」

「申し訳ありません。きちんと家まで送り届けますので」

「うわっ! びっくりした。あ、あなたちさっきの……。いつの間に?」


 あ、夢羽くん二奈さんに見えるようにしたんだ。

 わたしは慌てて頭を下げる。


「す、すみませんねー二奈さん。わたしは止めたんですよ? もう一回告白するなんて」

「連くん話聞かないでしょ? ほんと、勝手なところは昔から変わらないんだから」

「あはは……。やっぱり二奈さんからしたら子供ですか」

「そうね。いまの告白はちょっとだけ格好良かったけど」

「え……?」


 いまの! 岩室先輩聞いて……あ、立ったまま気絶してる。だめだこりゃ。


「それで、送り届けるってどうやって?」

「連れて来た時と同じやり方です」

「どういうこと?」

「瞬間移動です」

「え? なにを言って――」


 なにかを言うよりも前に、二奈さんと夢羽くんが消える。夢羽くんはすぐに戻ってきた。

 ビックリしただろうなぁ。白昼夢か何かと思っちゃいそう。



「――ハッ! 俺はいったい……そうだ、二奈さん!」

「降野二奈ならもう家に送り届けた。岩室連司、あなたはまたフラれたのだ」

「ぐっは! そ、そうだった……俺は、フラれたのかぁぁぁぁ」


 膝から崩れる岩室先輩。本日二度目。


「辛そうだな、岩室連司。記憶を消すか?」

「夢羽くん、またそういうことを――」

「消さねぇよちくしょう! つらいけどこの気持ちまで消したくねぇからな!」

「おぉ……岩室先輩がちょっと成長した」

「それに……お前、本当に消しそうで怖いからな……」


 あ、さすがにムーの戦士の力を信じたんだ。そりゃそうか、瞬間移動なんてしちゃったら価値観変わるよ。



「でも、やっぱりつれぇな……」

「岩室先輩……」


 うーん、さすがにちょっと可哀想になってきた。

 しょうがない。わたしは先輩の肩にぽんと手を置く。


「元気出してください。告白見てましたけど、ちょっとカッコ良かったですよ」


 って、二奈さんも言ってましたよ。そこまでは教えないけどね。


「木ノ内、お前……」


 先輩が顔を上げてわたしの顔を見る。そして、



「そんな優しくしても、俺はお前に惚れたりしないぞ?」

「――は?」



 岩室先輩がなにを言ってるのか本気でわからなかった。

 惚れたりしない? この人なに言ってんの?


「俺は二奈さんみたいな人がタイプなんだ」


「……夢羽くん、ちょっと」


 わたしは人差し指をクイッとやって夢羽くんを呼びつける。


「なんだ、星見」

「名前で呼ばないで。ねぇ、ムーの戦士はわたしのお願いも聞いてくれるよね?」

「構わないが、なにか助けて欲しいのか?」

「うん、そう。いまとっても助けが必要なの。

 実はこの人にこないだのスカイダイビングを体験させて欲しいんだ。もちろん一回目にやった急降下のやつ」

「ゆっくり落とさなくていいということだな?」

「待って星見ちゃん。……どうせなら、

「明伊子ちゃんナイス! 夢羽くん、いきなり空に瞬間移動じゃなくて、ここから打ち上げて」

「心得た」

「おい? いったいなんの話をしてんだ?」

「岩室先輩……あなたは……女の子の気持ちが……いいえ人の気持ちがわかっていませんね。子供です。……星見ちゃんを悪く言った報いをしっかり受けてください」

「はぁ? なに言って――うおおおお!?」


 言葉の途中で岩室先輩が勢いよく飛び上がった。

 夢羽くんがムーの戦士の力で空に打ち上げたんだ。


「おおおおおぉぉぉぉぉぉ――――……」


 しかもめちゃめちゃ速い。あっという間に点になって叫び声も聞こえなくなる。


 だけどしばらくすると、再び声が。


「……――ぁぁぁぁああああ! しぬぅぅぅぅぅ!!」


 ピタッ!


 超高度からの紐無しバンジー、フリーフォール。

 屋上の地面スレスレ寸止め。素晴らしい。


「ぐっじょぶ、夢羽くん」

「白目を剥いて……気絶しています」


 ドサッ。

 寝っ転がらされた岩室先輩は、明伊子ちゃんの言う通り完全に気絶していた。

 ふう、スッキリした。

 わたしはちょいっと岩室先輩の足を蹴る。


「まったく。そんなだから二奈さんにガキって言われるんだからね」

「星見、彼女は子供と言ったのであってガキとは言っていないぞ」

「同じよ。言ってることは同じなの」

「そういうものなのか。――それで星見、どうする?」

「うん? あ、やってくれてありがとね。もう助かったから、大丈夫」

「ふむ。じゃあ記憶は消さなくていいんだな」

「記憶? 誰の?」

「星見のだ。岩室連司にフラれたという失恋の記憶を――」

「フラれてないしそもそも恋してないから! ぶっとばすよ夢羽くん!」




第二章「その失恋は空に舞う」了




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