第3話
八月末日。通常業務の大半はアルバイトの子達に託し、毎月ある月締め作業を黙々と一人で進める。
ふと外を見れば三山君が働いている姿が店の窓ガラス越しに目に入った。
今日も色とりどりの花々に囲まれながら彼は眩しいばかりの笑顔でお客さんと会話していた。
お客さんに向ける笑顔も素敵だけど、花に接する時は慈しむかのように少し大人っぽい穏やかな表情を見せるので私は思わず見惚れてしまう。
すると彼の視線がこちらを見た。まずい、完全に目が合った。
見ていた事に気づかれたのが恥ずかしくて慌てて手にしていた電子機器で顔を隠す。私は今とても間抜けだろう。
何とか誤魔化さなくてはと電子機器を恐る恐る下して再び外を見るとこちらに向かって無邪気に笑う三山君が居た。釣られて私も笑ってしまった。
花屋さんにまたお客さんが来店されたので、彼はすぐに仕事へ戻った。
たった数秒の出来事だ。
それでも心は満ち足りた気分になり、幸せが全身をふわふわと浮遊感で包み込む。
仕事を頑張ろうと活力が湧いてくる。本当に不思議な話だ。
好きな人が居るだけで些細な出来事だろうとこんなにも心は浮足立つのだから。
認めざるを得ない。私は三山君が好きだ。
滞りなく閉店作業を終えたアルバイトの子達に退勤指示を出す。
店長と言う立場上、終えなければいけない統計作業がまだ残っていた私はパソコンと向き合い続ける。
地道な個数や数値計算が多いので毎月月末を迎えるとげんなりとするが、文句を零して作業量が変わるわけでもないので凡ミスをしないように膨大な数字とひたすらに格闘するしかない。
「長田さん」
制服から私服へと着替えた晶菜が遠慮がちに話しかけてきた。
年上であり上司でもある私に対してすら自分の気持ちを遠慮なく言い切る彼女にしては珍しい。
一緒にあがった筈のアルバイトの子は既に先に帰ったようで姿は無い。
何か大事な話なのだろう。キーボードから手を離し彼女に向き直る。
「どうしたの?」
「あの、私達は長田さんの味方ですから」
一瞬、何を意味しているのか見当もつかなかったが思い当たる節がひとつだけあった。
「晶菜はどう聞いたの?」
「"クレールの店長が花屋の若い男の子を引っ掛けて遊んでる"って」
ストレートな表現だ。きっと聞いた通りに答えたのだろう。
彼女の上辺を繕わず正直なところに私は好感を持っている。
噂に対して怒りや呆れの感情は湧いてこない。
どちらかと言えばショックが大きい。
ここ数日、近隣の店舗の人達が時折私を好奇の目で見ている感覚はあった。
けれどその原因までは分からず、気にしない様にしていた。
おそらくある事ない事、噂が広まってしまったのだろう。
噂とは恐ろしい物で回り出したら最後、あっという間に広まっていく。
こうして本人の耳に届くのもすぐだ。
ここまで話が大きくなっているとは思わなかったけれど、やはり快く思わない人がいるのも事実だ。
どうにも世間体というものを気にしてしまうのが大衆だ。仕方ない。
「そっか。ごめんね、嫌な気分になったでしょ」
「私よりも長田さんです。長田さんが人を騙すなんて酷い事しないってクレールの皆は分かってます。あんな噂は嘘だって。だから違うなら違うって否定してください。二人が付き合ってるなら周りが何と言おうと堂々としてください。悪い事はしていないんですから」
「大丈夫。誤解が大きくなってるだけだし、しばらくすれば落ち着くよ」
「私は長田さんの応援しますから。絶対自分に嘘をつく選択だけはしないでくださいね」
晶菜の真っすぐな瞳がとても力強く見えた。
私が思っていたよりもずっと晶菜は自分の意思を貫く強さを持っているのかもしれない。
私は何時だって無難な選択をしてきた。
なるべく相手に被害や迷惑が掛からないような。
自分が少し我慢して問題なく済むのならばそれがいいと思っている。
意地でも自分の主張を貫こうなど考えた事もない。
情けない話だ。結局は誰かと衝突するのを面倒だと感じているだけだ。
だけど、今回もそれは変えられそうにない。
自分が原因で三山君にまで迷惑が掛かるなら自分の恋愛感情なんてどうでもいい。
幸い今なら私が一方的に悪く評されているようだし、ここですっぱりと関係を切れば三山君に大きな被害はないだろう。
やはり年齢差が大きいのはよろしくない、特に若い頃は。
大人の私が退けばいいだけの話。
もう三山君と帰るのは止めよう。そうすれば自分の気持ちも抑えられる。
恋なんて一時の感情だ、時間が経てば収まる。
大丈夫、平気だ。
晶菜が帰ってからも作業を進めたが確実に普段よりスピードが落ち、凡ミスが増えた。
遅くても午後10時頃には終えられる量に30分もオーバーしてしまった。
我ながら能率が思いっきり精神に左右されている、パソコンの電源を落としつつ情けなくてため息が零れた。
さて、どうやって三山君に話そうか。
もう一緒には帰れない。その言葉ひとつに随分と悩まされる。
いきなり言えば理由を問われるだろうし、一方的に冷たくあしらう勇気もない。
避け続けるのも限界があるし私の心が折れそうなので、出来れば迅速にかつスマートに済ませたい。
しかし最善の方法は全く思いつかなかった。
二度目のため息を吐きながら店を出て鍵を閉める。
駅へ向かうべく踏み出すとほんの数歩先に三山君が居た。
考えに夢中で周囲など一切気にしていなかったので完全に気づくのに遅れた。
私に気づいていた彼はこちらを向いていた。思わず息を飲んで立ち止まる。
「お疲れ様です」
考えすぎで幻覚でも見ているのかと自分を疑うが、控えめだけど爽やかに笑う彼は間違いなく三山君だ。
今日は遅くなったし居ないだろうと油断していたが、彼は私を待っていたようだった。
約束もしていないのに待っていてくれた事が嬉しい反面、動揺が大きかった。
「お疲れ様。律儀に待たないで先に帰ってくれてよかったんだよ?」
「俺が長田さんに会いたかっただけですから」
そんな事を言われたら決意が揺らぎそうだ。だけど駄目だ。
ここで私が自分に甘えたら現状は変わらないし、噂は悪化してしまうかもしれない。
終わりにするならば早くしなければ。
「もうやめよう」
「何をですか?」
「一緒に帰るの」
「俺と帰るの嫌になりましたか?」
三山君との帰り道で楽しくなかった日なんてない。
何よりも心待ちにしていた時間が嫌になる筈がない。
「だって疲れてるのにすぐ帰れずに待つなんて時間が勿体無いじゃない。私は今日みたいに遅くなる日も結構ある。三山君は他にもする事沢山あるでしょ?無理に貴重な時間を削る事ないよ」
自分の本心は告げずに一方的に相手の気持ちを決めつける。最低な行動だ。
「俺は全く苦ではないですし、長田さんを待つ時間は無駄ではないです」
三山君は怒りもせずに淀みなく言い切る。どうして迷いがないの。
いつもの柔らかい眼差しとは違う真剣な瞳で見つめられると嘘をついている罪悪感に襲われる。
「……迷惑なの。だからもう一緒に帰りたくない」
ようやく絞り出した声が震えそうになるのを堪えるのに必死だ。
なるべく彼を傷つけずに終える上手い言い方が思いつかず、結局突き放す言葉を選んでしまった。
「…分かりました」
初めて見る三山君の悲しそうな表情に胸が張り裂けそうだった。
自分がそうさせているんだと思うと痛みが一層増した。
黙って立ち去る彼の後ろ姿を引き留めようと無意識に手を伸ばしていた。
その手に気づき、私は自分が心底嫌いになった。
相手の為だと言い聞かせて、自分の気持ちに嘘をついて。
結果、誰よりも笑顔を見ていたい相手を傷つけて。馬鹿みたいじゃないか。
私は何をしているんだろう。心が痛むが後には引けない。
自分は正しい選択をしたんだと言い聞かせた。
カーテン越しとはいえ眩しく熱い太陽の光がいい加減起きろと言わんばかりに目に差し込んだ。
現実に向き合いたくない気持ちが働き、掛け布団を顔まで上げ寝返りを打ち日光を避ける。
意識がはっきりすれば嫌でも昨日の出来事が脳裏を掠める。
きっと一生、彼の表情を忘れることはない。
もう彼が私に笑いかけてくれることは二度とないだろう。
そう思うとすぐにでも泣き出してしまいそうだった。
重い頭で今日も仕事だと理性で身体に鞭を打って起こす。
眠気はないのだがどうにもすっきりしない。
部屋にある鏡台がだらしない自分を映し出していた。
「酷い顔」
鏡に映る自分は疲れ切ってるうえに血の気の悪い青白い顔をしていた。
昨晩寝つきが悪かったとはいえ今の時刻は午前10時だ。
8時間以上は横になっている。それなのに徹夜でもしたかのようなこの顔つきだ。
自然とため息が零れた。切り替えろ、私情は仕事に関係ない。平常心だ。
昨日の後悔を無理矢理押し込んで、普段の自分を引っ張り出す。
たった一月程前の自分に戻るだけではないか。大したことではない。
「長田さん、その化粧」
挨拶もそこそこに夕刻に出勤してきた晶菜は真っ先に私の顔をまじまじと見てきた。
「な、何?」
派手にならない程度に血色を誤魔化せる濃さで頬にチークカラーが入っている。
私は普段職場では薄化粧しかしない。
チークなど今みたいに血色を良く見せる為にしか使用しないのだ。
これを公言したことはないし、昼間のパートさんには「チーク良いですね」なんてお洒落をしたとしか思われていない程である。
「いいです、長田さんが馬鹿と言う事がよく分かりました」
店長に向かって馬鹿と言い放つとは大した度胸の持ち主だ。
不満さを露わにしていた晶菜だったが、制服に着替えるべくカーテンで仕切られた簡易更衣室へと入った。
晶菜は意外と勘が良い。何かしら気づかれたかと背筋が凍ったが深く追求はしてこなかった。
クレールは基本二人体制でシフトを回している。
この後の仕事中まで晶菜が不機嫌さを引きずっていたらどうしたものかと悩んだが、晶菜は何事もなかったかのように普段通り私に気兼ねなく話しかけてきたし、元気な明るさを見せていた。
挙句私が考え込んでしまって作業の手が止まる場面があり「しっかりしてくださいよ」と注意までされる始末だ。
若い子だから感情の切り替えは難しいだろうと侮っていた私を叱りたい。
余程私の方が私情に振り回されている。
今日一日逃げるみたいに店の外は見なかったし、笑顔がぎこちない自覚もあった。
何とか一日の営業時間を終え、必要最低限まで照明を落とし閉店作業を始める。
やはり思うようにいかず作業スピードが落ちている私をよそに晶菜はテキパキと仕事を終えていった。
私の様子に気づいていた晶菜は「手伝いましょうか?」と声を掛けてくれたが、申し出を断り先に退勤するよう指示を出した。
こんな状態に陥るのは何時ぶりだろうか。
店長職に慣れず、四苦八苦していた時以来だろうか。
そう考えるともう五年近く私生活に大きな悩みを抱えずに穏やかな日々を過ごしていたものだ。
お陰で負の出来事に対する耐性が弱くなってしまったのだろうか。
こんなにも引きずるのは正直予想外だ。
なんとか仕事を終え退勤処理をするとため息を吐いてしまう。
このままではため息が癖になってしまいそうだ。
「三山先輩と喧嘩したんですか?」
私のため息が聞こえたのだろう、私服に着替え終えた晶菜が尋ねてきた。
どう答えたものか。隠す必要もないのだけど、若い彼女に不用意な心配をかけさせるのも違う気がする。
これは私自身が乗り越える問題だ。大人の見栄を張るべきだろう。
「あ、年下だからとかバイトだからとかそういう遠慮はいらないです。私は一人の人として長田さんを慕ってるから心配してるんですよ」
平気だと口を開きかけたのだけど、私の考えなど見越してかそう付け加えられてしまう。
誠意を見せるなら彼女には正直に話すべきか。
「ありがとう」
「お礼なんて止めてください、私そういうキャラじゃないんで。この手の話に好奇心が全く無いと言えば嘘だし、私が長田さんには元気で居て欲しいから聞いてるだけです。もちろん、長田さんが話したくないのならこれ以上無理には聞かないです」
言わなくても良い事まで正直に話す。
自分を包み隠さず話すことは世の中では損する事が多いだろうに。
でも私は晶菜みたいな人が好きだ。
友達にするならお世辞を言い合う人より、少し無礼でも素直な人がいい。
「私は晶菜みたいになれなかった。自分に嘘ついちゃった」
「どうしてですか?」
「だって、上手く行く訳がないから」
「誰がそう決めたんですか?それは長田さんの勝手な見解なんじゃないですか?」
「歳の離れた私が相手じゃ相応しくない。悪い噂が立って三山君の迷惑になるくらいなら一緒に居るべきじゃないよ」
「それは逃げてるだけです」
容赦ない晶菜の言葉が次々に胸に深く刺さる。
私は正論に立ち向かう勇気がない。分かっている。
「そうだね…でも自分の気持ちに気づいてしまった以上、後ろめたさは拭えない。ただ気が合って仲良くしてるだけの関係と言い逃れする勇気も自分の気持ちを素直に伝える勇気もなかっただけだよ」
「これで後悔しないんですか?」
「してるよ…だけどもう遅い。私は嘘をついてまで酷い事を言ったもの。完璧に嫌われちゃったよ」
「長田さんは三山先輩の気持ちを考えた事ありますか?」
私は彼の事になると自分本位になっていたかもしれない。
三山君がどう思っていたか。どの場面でも彼の真意は分からなかった気がする。
「重要なのは長田さんの選択が本当に三山先輩は嬉しいと思うのか、です。きちんと聞かなきゃ。一方通行のまま正解を決めちゃいけません」
「晶菜の言う通りだね。でも、もう無理だよ」
「諦めるにはまだ早いです」
「え?」
晶菜の視線の先、店の外には三山君の後ろ姿。
今日は出勤していなかったはず、どうして…。
「これでも長田さんの下で働いて四年ですから。私達が大好きな長田さんは意味なく人を傷つけるような真似しないこと分かってます。だけど今度はちゃーんと素直になるんですよ?あと相手の立場に立って相手の気持ちを汲み取る。それが接客の基本だと私は長田店長に教わりました。決めつけは厳禁です、忘れないでくださいね」
着替えを済まして改めて外を覗くと三山君はまだ立っていた。
やはり私を待っているのだろうか。
けれど、どんな顔をしたらいいか全然思いつかない。
クレールの出入口はお客様も従業員も同じ、店頭の扉ただ一つである。
逃げ道は無い。あれだけ晶菜に言われたのに逃げ出したら心底呆れられそうだ。
いや、今度こそ晶菜にすら見捨てられるに決まっている。
いい歳して何を恐れているんだ。
悪い事をしたと自覚しているのだからまずは謝る。それに限る。
意を決して店内を通り抜け出入口の扉に手を掛ける。
物音で気づいたのだろう背を向けていた三山君がこちらを見た。
視線を合わせる事無く私は無言で戸締りを進める。
やはり本人を目の前にすると頭の中は真っ白だ。
「すみません、勝手に待っていて。でも俺、どうしても長田さんと話したい事があって…怒ってますよね」
怒ってなんていない、むしろ動揺してる。
こういう気持ちを口にしないからいけないと分かってはいても上手くできない。
人付き合いが下手過ぎて自分に失望する。
店員とお客さんという関係ならばこんなぎくしゃくする事などないのに。
どうして素の自分はこんなにも不器用なのだろうか。
扉の鍵を締める音がやけに大きく聞こえた。鍵を仕舞う手が震えている。
しっかりしろ、私。深呼吸をして、できるだけ自分を落ち着かせる。
「ごめんなさい!」
自分でも驚くくらいに必要以上の大きい声が出た。
三山君を見なくても彼が驚いたのが伝わって来た。
「…その、昨日は酷い事を言っちゃって。あれは嘘なの」
「嘘?」
「迷惑だなんて一度も思ってないし、三山君と帰るのはいつも楽しかった」
自分の気持ちを言葉にするのに精一杯で私の身体は店の扉と向き合ったままだ。
失敗したと気づいても今更三山君の方を向く勇気が持てなかった。
怒っていたらどうしよう。
ところが横から聞こえてきたのは私を非難する言葉でも苛立つ声でも無く脱力したため息だった。
思わず彼を見ると顔に手をあててしゃがみこんでいた。
「はあーよかったー。俺嫌われたのかと思いましたよ」
顔を上げた三山君の表情は穏やかな笑顔だった。
やはり彼の笑顔には弱い。鼓動がどくん大きく鳴る。
「怒って、ないの?」
「怒ってないですよ。俺が長田さんを怒らせてると思ってたんですから」
「ごめん…私がちゃんと言わないから」
「謝らないでくださいよ。俺の方こそすみませんでした…噂の話、今日知りました。俺気づかないうちに長田さんにすごい迷惑かけてましたよね、本当にすみませんでした」
「気にしないで、私の配慮が足りなかったんだから。そんな噂が立つだなんて思ってなくて、三山君こそ嫌な思いしたでしょう」
「全然!長田さんが悪者扱いされてる噂に腹は立ちましたけど、俺は何と言われようが構いませんから」
「そう…三山君は優しいね」
「優しいのは長田さんです、少しは怒るか責めるかしてください。自己主張が弱いです」
「そうかな…私は三山君の迷惑になってないかだけが心配だったから。自分が他人から何と言われようが問題ないよ。誤解されるのは慣れてるし。三山君が気にしてないなら良かったよ」
感情表現が乏しく、肝心な時に自分の思いを素直に言えない私は誤解される事が多い。
子供の頃から大人になろうと変わりはしなかった。だからもう諦めていた。
「良くないです!長田さんは他人が思ってるよりもずっと人を思いやってて温かみのある人です。それは佐和さんや依田、クレールの人達も皆が知っています。それなのに冷たくて俺を騙して遊んでるなんて悪い噂、許せないです」
大好きな人が私の事を自分の事の様に考え怒ってくれる。
幸せで泣けてしまいそうだ。私はようやく自然と笑えた。
「充分だよ」
「充分?」
「私を心から信じてくれている人が居るだけで私は充分幸せ者だよ、ありがとう」
私が感謝を述べると三山君はこめかみの辺りをかいた。
「そんなお礼を言われるような事は言ってないです。噂には佐和さんも怒ってたし、全部俺の本心でもありますし…思いやりもいいですけど我慢ばかりする事もないんです。その、俺なら平気ですよ。どんなに正直になってもらって我儘もいくらでも聞けます。年下の俺じゃ頼りづらいかもしれないですけど…」
「じゃあ、ひとつ言ってみてもいい?」
「はい、何でもどうぞ」
「好き」
「え?」
「私は三山君が好きです」
あんなに自分の気持ちを伝える事を躊躇っていたのにするりと声に出た。
もうどうなってもいいやと開き直ったからだろうか。
それとも彼の優しい言葉に凝り固まってた心が解けたのか。
何よりも感じたのは、三山君を好きだという感情が溢れ返り抑えきれなくなったからかもしれない。
彼が嫌がるなり拒否反応を示すようならすぐに誤魔化すつもりでもいた。
だけど三山君は私の唐突な告白に顔だけではなく耳まで真っ赤にしていた。
照れる三山君を見れたから告白した甲斐はあったかもしれない。
可愛い表情の彼をもう少し見ていたい気持ちもあったけど意地悪をあまりするのも可哀そうだ。返事を期待していた訳でもない。
そろそろ助け船を出そう、返事はいらないと告げようとした。
「…俺も好きです」
「え?」
今度はこちらが思わず聞き返してしまった。
呟くような大きさだけど聞き取れた言葉は肯定の言葉だ。
「花屋で働く前から惹かれてはいたんです。ただ働き出してからは長田さんの働く姿を見る度にどんどん気になって…きっと俺は初めて会った時から長田さんの事が好きだったんです。でも学生の俺なんか相手にしてもらえないと思ったので、せめて日常会話が出来る関係くらいになれればって」
それでは私が三山君を気になるよりも前から彼は私を気に掛けていたと言うのか。その事実で私の顔が熱くなる。
どうしてだろう、告白した時よりもずっと恥ずかしい。
もはや三山君を見る余裕もない。
「長田さん?」
呼ばれたが返事も出来ずに俯いた顔を上げられない。
告白をしたのは私の筈なのに何でか私の方が焦っている。
穴があるならば入りたい程には一旦距離を取らせて頂きたい気分だ。
うわ、今の私はとても情けない。
年上のアドバンテージは何処に行った。大人の余裕は休業しているのか。
「こっち向いてください」
ゆっくりと視線を上げると熱っぽい瞳をした三山君の視線とぶつかった。
どちらともなく重ねた唇から温もりが伝わって来る。
久しぶりのキスは随分と幸せな気持ちになった。
こんな気持ちをどうして忘れていたんだろう。
「…嫌でしたか?」
「そんなことない!」
声が少し裏返り間抜けな言い方をしてしまう。
そのせいか三山君は笑うのを必死に堪えられてる。恥ずかしくて泣きたくなった。
「すみません…最初に似てるなって思ったら止まらなくて」
「最初?」
「最初に一緒に帰った日です」
ああ、あったな。大人っぽさ皆無な返事を私は前もした。
思い当たると再び情けない気持ちでいっぱいになる。忘れてもらいたい。
「ごめん…変でしょ?」
「全然、可愛いです」
つい先ほどまで顔を真っ赤にしていた可愛い大学生は何処に行ったのだ。
すっかりいつもの爽やかさが戻り、さらりとそんなことが言えちゃう余裕さまで生まれている。
こちらはずっと心拍数が急上昇したままだと言うのに。ずるい。
「諦めなくてよかった」
一方的に決めつけで判断し、彼から離れようとした。
自分の年齢や弱さを言い訳にして逃げた。
自分から踏み出さなければ何も変わらない。
二人して微笑み合う。
気持ちが通じるとはこんなにも幸せなんだな。
「帰りましょうか」
差し出された手に躊躇う。商店街の誰かに見られたらまた噂を立てられそうだ。
三山君に嫌な思いを味合って欲しくない。
でも、私は遊びで三山君と付き合う訳ではない。真剣だ。
ならば隠す必要なんてない。彼の手を握る。
「俺、もっとしっかりしますから。そうしたら悪い噂なんて嘘だって皆すぐ気づきますよ」
「いいよ、三山君は今のままで。私が堂々とすればいいんだから。それに私には三山君が居てくれるから、平気だよ」
すると返事の代わりに繋ぐ手に力が加わった。
それだけで安心と幸福が染み渡っていく。
三山君となら色褪せてしまった景色も再び鮮やかに蘇る。
新しい発見や新鮮さで輝きに変えてくれる。
辛い出来事が起ころうとも信じてくれる彼が居てくれれば大丈夫。
保障なんてないけれど、私の冷めてしまっていた心にも熱は灯った。
確かな胸の高鳴りが告げている。
これからの日々は様々な色で色づいてくれるに違いない。
DaysColorful 瑛志朗 @sky_A46
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