第二章「食えない姫とナイト様」-その3

 情報処理室の扉を勢い良く閉じて、二人は室内へ入る。同時に上に閉じ込めていた兵士らが階段を下りきって周囲を探る。

「あそこだ」

 扉を閉める音をきっちりと聞いていた奴らは、そのまま情報処理室の扉の前へと向かう。

「開けるぞ。奴らは多少脳みそが回るようだが、所詮はお子様ってことだ。だが油断するな。罠かもしれん」

 一人が声をあげ、他の四人はそれに頷く。ゆっくりと扉が開かれ、五人が中に入る。奴らは安直な思考の持ち主であるが、兵士としての行為全般、今行なっているのは索敵だが、それに関して言えば流石に兵士のそれである。自分から音を思いきり立てて相手に自分の位置を知らせるようなその辺のクソガキが、彼らの目を免れて隠れきることは不可能であろう。

 片喰が呟く。

「ヤバイな。どうするか」

 片喰は本気で悩んでいた。自分の浅はかな考えを呪った。自分たちの隠れた場所はあまりにも安直だったと感じ焦り、心臓が破裂しそうなほど騒がしくなる。先ほどまでの自信が嘘のように血の気が引いていく。

 しかし、これは、情報処理室に隠れたという意味ではない。部屋の全てを調べ終えた兵士の連中の声が聞こえる。

「ターゲット発見できず」

「クソッ! すぐに手分けして捜索するぞ!! 逃げるなら下だ。上には一人、残りは下の階の部隊と合流し報告と捜索をしろ。俺はこの階の別の部屋を探す」

 少し怒りと焦りを見せた隊長らしき男が指示を出す。その焦りは禊にもリンクしているようだった。今禊は相手の焦りと自分の焦り、双方共に水に顔を突っ込んだ状態でどっちが先に顔を上げるか、そんな勝負をしている気分に駆られている。

 片喰禊と保食葵の隠れている場所は、情報処理室の横にある女子トイレの中である。情報処理室の偵察にかけた約一分程度の時間を相手が理解していないはずがない。「その時間があれば遠くに逃げているであろう」と相手は考えると期待して、近場に潜伏するといった意味合いがある。また、相手は男である。心理的に男子トイレに先に入ると考え、その隙を突くことを考え女子トイレを選択した。

 禊はその思考の甘さを反省していた。禊は葵を連れている。であるなら、女子の心理的に女子トイレに隠れる可能性は大いに考慮されるであろう。どの道トイレに隠れていると相手に警戒された段階で、どちらにせよ安全な位置ではない。一旦隠れて冷静に考えれば考えるほど、自分の不甲斐なさや思考力の至らなさを強く後悔し、焦りは心臓を強く早く鳴らし冷や汗がどんどんとあふれていく。

「すまん。俺のおつむじゃこんな子供騙しが限界だった」

 禊が小声で語りかける。

「いや。片喰くんの判断を信じるよ」

 保食葵は真っ直ぐな眼差しで答えた。禊は息を呑む。

「そうだな、やれることをやろう。ドアが内開きだから、そこの隙間は死角になりやすい。そこに隠れてくれ。手前側の個室は俺が入る。ドアは閉めるな。最悪ここでゴングが鳴る」

 禊も腹を括り、葵も大きく頷いた。互いが互いの原因で仮に死に至ることがあろうと、決して互いを恨まない。その覚悟を決めた。

 仮に女子トイレに入ってくる場合、テロリストが現れるまでに約十秒、二人は呼吸を忘れる。心臓は殴られているかと錯覚するほど騒がしく、それでいて何度も連打を受けているかのように早い。しかし鼓動は早いのに、自分の心臓だけが世界を置き去りにして走っていると感じるほど、長く感じた。

(可能なら来ないで欲しい。が、猶予はない。来たときのことを考えなければならない。奴に対抗するならば魔法を使わざるを得ない。事前に魔力補給用のレーションを齧ったわけでもないから、高火力な物は打てて一発。弱いものでも十回も使えないはずだ。今後のことを考慮しても一撃で確実に倒したい。殺傷を行なわず相手を無力化するには、やはり電撃か。発見された直後に首を狙うしかない、か。だが、やれるのか?)

 禊が考えることを考えているうちに、時間はどんどんと無くなっていく。さっきまで驚くほど遅く感じていた時間が、考え事を始めた瞬間思考を置き去りにして駆け抜けていく。

 迫るその瞬間、開け放たれたドアの向こうから聞こえる足音が迫ってくる。今まで考えたことの全てが杞憂に終わって欲しいと願う禊。その願いは届くのか、杞憂に、杞憂に…。

 …終わった。苛立ちを隠しきれていない足音はそのまま勢い良く廊下を進んでいく。

「出よう。奴の視界が切れた瞬間が狙い目だ」

「良かった」

「そうだな」

 トイレの扉は急いで逃げた生徒達のおかげで開いており、情報処理室に入るときだけ音を立てないようにすれば問題はない。情報処理室は引き戸になっているため、見られないかだけ気をつけておけば他に障害はない。奴が奥の教室へ入るまで十分に時間を置いてから、ゆっくりと情報処理室へ入った。

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