第10話 人喰いを狩る者

「ネーチャンの得物はナイフか? 街に入る前に、そいつ俺に見せてみな」


「……ええ、構いませんよ。どうぞ」


 ニアは涼しい顔をしてナイフを差し出した。

 それはニアのものなのに……。スレイと名乗った男は、まるで当然の権利とでも言うようにナイフを取り上げた。なんだか偉そうで、嫌な感じだ。


「まーまーまー。そう嫌な顔すんなって。悪いようにゃしねぇよ」


 頭にポンと手を置かれる。見ると、ニアが心配ないよと言う風にこちらを見つめていた。


「フゥ――……」

 集中するように息を吸って、スレイが手にしたナイフに魔力を巡らせ始めた。青く、キリキリと光るその魔力は、触れると切れそうな冷たい感じがした。


「”一振りの刃ブランドライク”」

 スレイが一言、そうつぶやく。ナイフが一層強く光り、徐々におさまっていった。

 元のおとなしい鈍い光を反射する刃を見ると、納得したようにニアの手へと返してきた。


 受け取ったナイフに目を凝らすと、刃先に青い光をうっすらまとい続けているのが分かる。これは、魔力がまだこもっているのか。


「歓迎の儀式みてぇなもんさ。こいつを振るえば、小せえが魔法の斬撃が飛ばせる。誰でもな。ネーチャンくらい動きが良けりゃさっきの人喰い程度なら簡単に倒せるだろうよ」


「これはどうも。お心遣い痛み入ります」

 ニアが素直に礼を返す。スレイの事はなんだか気に入らないから、わたしには余計なお世話にしか思えないけれど。


「礼は要らねぇ。言っただろ? 儀式だって。街に入る人間にはもれなく俺の魔力の通った刃物を持たせている。嬢ちゃんにもやるよ」


「えっ?」

 急に話を振られて困惑する。やるよと言われても、わたしはそんなの別に要らな……。


「”一振りの刃ブランドライク”」

 有無を言わさず、スレイが魔力を練り上げた。青い魔力がナイフの形を作り出し、光の玉が渦を巻く。ひとつ大きくきらめくと、その手にはニアと全く同じナイフが作り出されていた。


「お揃いだ。嬉しいだろ? んン? ネーチャンとお揃いで幸せか?」

 スレイの笑顔は、子供に向けるような優しいものじゃなく。どこか攻撃的なものだった。

 いちいち「幸せか」なんて聞いてくるけれど、本当はこちらが喜ぶかどうかなんてこの人には興味がなさそうに見える。まるで、喜べ嬉しがれと押し付けられている気がする。


「どうも、ありがとうございます……」


「おーおーおー。意外と素直に礼が言えるんだな。ガキかと思えばしっかりしてやがる」 

 ぐぬぬ、ガキって。礼なんて言わなきゃよかった。やっぱこいつキライ。


「街にいる限り、そのナイフは常に持ち歩いてもらうぜ。切れ味もいい。割と便利だから好きに使えばいい」

 表面上だけ聞こえのいいこと言ってるけど、なにか裏があるような気がしてならない。どういう企みがあるのかと想像していると。


「一応警告しとくがよ。ナイフを抜いたらその時点で俺には分かる。もしもナイフで人を切れば、それも分かる。誰かに危害を加えれば、それ相応の罰を俺が直接下してやるよ。私闘の禁止。この街のルールだ。ネーチャンらはまぁ無害そうだが、しっかり覚えておくこったな」


「……えぇ。承知しました」

 シトウとは……。つまり、喧嘩はするなってことだろうか。そんなのわたし達がするわけない。なんだか失礼な心配ばかりされてる気がしてモヤモヤする。


「そう迷惑がるなって。逆に悪いやつに襲われたり人喰いに出くわしたら、すぐにでもこのナイフを抜きゃあいい。俺が即座に駆けつけてやる。これは人を守るためのナイフさ。この街で平和に過ごす限り、俺が必ず守ってやる」


「……街の人達のためにナイフを持たせてるってことか」

 むむ、急に感心なことを言い出したな……。いやわたしはまだ騙されないけれど。


「さてさてさて、街に入る儀式はこんなところで終わりだな。あーいけねぇ。あんたら名前は?」

 最後に聞くのが名前なのか。ずいぶん適当な儀式だな。


「ニアです。こちらは……」


「フィオネラです」


「オーケー。そんじゃようこそ。どっか行きたいとこは決まってんのか?」


「いや特に無いです結構です。適当に散歩して楽しみます」

 終わったんだったらもう関わるな。最初はケーキを食べに行くつもりだけど、そんなこと言ったらなんかついてきそうですごくヤダ。


「ほぅほぅほぅ。ケーキを食いたいってか。俺が案内してやるって。ついてこい。遠慮すんな」


「えっ?」

「へっ?」

 ニアも隣で意外そうな顔をしている。

 なんで分かったの?


------------------------------


 街の中は、多くの人でいっぱいだった。レンガ造りの高い新しい建物が並び、田舎のよくある村とは大違いだ。


 しかし、今は街を眺めて楽しむ気にもなれない。それより考えるべきことが、目の前にあった。


 心を読まれた理由はなんとなく分かった。このナイフだ。きっと魔力が通ったこのナイフが、持ち主の考えをスレイに伝えてしまうのだ。気色悪い……。


「ダッハッハッハァ! まぁそう怒んなって。ほんのジョークさ。常にあんたらの頭覗いてるわけでもねぇ。ただ、せいぜいこの街じゃ悪い考え起こすなッつぅこった」


「ガルルル……」

 悪いと言ったら、既にスレイに対する悪意で頭がいっぱいになっている。噛みついてやりたい。


「あー、ところで。スレイさんはその、街の人に尽くす志でもあるんですか?」

 わたしがスレイに向ける毒気に気付いてか、ニアが無理やり話を始める。こんなのとお話を盛り上げたくない……。


「ン? どういうこった」


「いえ、先程から仰ってるじゃあないですか。幸せがどうとか。このナイフも、街の人々の幸せを思ってのことなのでしょう?」


「あーあーあー。そういうことかよ。いや、俺は別に他人に興味はねぇよ。どうぞ勝手に幸せになってくれって感じだ。あとは知らねぇ」

 意外と素直に認めたな。そうなのだ。さっきからスレイには、本当に他人を思いやったり、優しくしてやるような人間性の良さを感じない。


「じゃあなんでわざわざこんなナイフ配ったり、人喰いをやっつけて街を守ったりすんの?」

 素直に疑問だった。なんのために、魔法使いとして戦うのか。


「それだ。いいとこ突くじゃねぇか。人喰いをやっつけるためさ。俺が本当にやりてェ事はよ、誰かを助けるためでも、誰かを幸せにするためでもねェ。それは手段だ。本当にやりてェ事は、人喰いをぶっ殺し続けることさ」


「? もっと分かんない。なんで人喰いを倒すために、人を幸せにしたがるわけ?」

 その二つはどうも関係無いように思えるのだけど……。


「おいおいおい、お前、チビネラ。お前には常識がねぇのか?」

 ……? はて。チビネラとは誰だろう。そんな名前の人が居たかしらん? キョロキョロと周りを見渡す。うーん、どなたのことかワタクシには分かりませんわね。



「オメーだよオメー。チビつったら今ここにお前しか居ねェだろチビネラ。周り見渡して幸せな脳みそ発揮してんじゃねぇぞ」


「あァん!?」


 思いっきり眉をハの字にして睨み上げてやる。わたしの名前はフィオネラだ。今決めた。コイツキライ。ほんと一生コイツ嫌い。いつかぶっ飛ばす。


「人喰いってのはよ、幸せな人間を好んで食べに来るんだよ。誰かに教わらなかったのか?」

 そのまま話を進めやがった。色々言いたいことはあるけれど、その話も気になる。


「……幸せな人間を食べにくるって? なんで?」


「幸せな人間の方がウメえのさ。人喰いにとっちゃあな。俺たちには分からねぇ感覚だがよォ、人喰いってのは記憶を喰うだろうが。嫌な思い出ばかりのヤツより、幸せな思い出ばかりのヤツの方がウメェってことだろうなァ」


「ふぅん……。変な理屈。わたし達にとっては、苦い野菜いっぱいのご飯より、甘いクリームいっぱいのケーキのご飯の方が美味しいとか、そういうのに似てるのかな」


「フィオ。甘いクリームいっぱいのケーキはご飯とは言いません」

 えっ!? そうなのか。一生お菓子とかデザート食べて暮らす夢が、意外なところで砕かれた。


「まぁそれに似てんだろうよ。俺にとっちゃ肉タップリの飯だけどな。とにかくよ、俺は人喰いをたっくさんぶっ殺してぇ。そのために街にいる人間がみーんな幸せでいてくれりゃ俺は大助かりだ。幸せな匂いにつられたアホな人喰いが寄ってくる。ソイツを倒せば人々は安心。もっと幸せになる。そしてまた人喰いが匂いにつられて寄ってくるって寸法よ。完璧だろ?」


 スレイが、人喰いより凶悪な歯を見せ笑う。その表情には、人喰いを狩るのが楽しくて堪らないといった感情が込められている気がした。


「……なんで、そこまで人喰いを倒すのにこだわるの?」


「人喰いはムカつくんだよ。俺より弱ェくせに、まるで世界はテメェの物だみてぇに振る舞いやがる。弱ェ人間ばっか狙って喰って、自分が最強だと勘違いしやがる。そういう勘違いエセ最強種族のよォ、鼻っ柱へし折って、踏みつけて、痛めつけてやる瞬間が、最ッ高に気持ちいいのさ」


「ん、うーん……」

 ……。

 さっきは、人喰いが人を喰う感覚が分からないと思ったけれど、スレイの感覚も同じくらい分からない。そんなことのために命がけで人喰いと戦う人がいるのか。


「そりゃ俺は俺が最強だと分かっているからな。これまでウン千匹と人喰いを倒してきたが、苦戦したことなんて一度もねェ。自分が強ェと思ってるヤツを一方的に蹂躙する快感は、弱ェお前らには一生わかんねぇかもなぁ」


「ふーん、そんなもんか……」


 まぁ、人喰いを倒し続けてくれる分には良いことだ。それをする人間の気持ちはよく理解できないけれど、それが人々にとって有り難い事なのは間違い無い。





「ところで知ってるか? 最近ちかくの村が無くなったんだとよ。なんでも『人喰い魔女』が出たんだと。信じられるか? あの、最悪の人喰いが、近くに来てる」


「人喰い、魔女?」

 ピタリと、思考が止まった。

 なぜかは分からないけれど、その響きはわたしの心を強く引き付けて、それ以外何も考えられなくなった。『人喰い魔女』?


「ねぇスレイ、『人喰い魔女』って……」


「スレイさん。」

 詳しく聞き出そうとしたその時、ニアの、重く硬い声が耳を刺した。

 声質には普段とかなり温度差があって、ビクリと肩が跳ねる。


「もう、ケーキ屋さんに着きましたね。このお店のことでしょう?」


「あっ……」

 見ると、そこにはケーキ屋さんがあった。壁に木の板を揃え、ガラスを張ったその奥にはケーキを焼く職人さんと甘そうなケーキが並んでいる。


「あぁ、そうそうそう。ここだ。知り合いのババァのオススメ。案内はココで終わりだが、まぁせいぜい幸せにな」

 最後にそんな事を言って、スレイはさっさとどこかへ消えた。意外と忙しいやつなのか。

 人喰いの魔女について、どうしても聞かなきゃいけない気がしたのだけれど……。


「ふふ、美味しそうだねーフィオ! ほら、いこ?」


「……うん」


 なぜだか、ニアがそれを許してくれない気がした。何が気に食わなかったのか。今は柔らかい声色に、有無を言わさぬ圧力が込められている。


 少し怖くなって、何も言えなくなる。

 仮に聞いたとしても。さっき話しを急に断ち切った理由も、人喰い魔女が何なのかをニアに聞いても。何も教えてくれないような、そんな気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る