歌は料理を熟成させる
ダフネさんは緊張してはいましたが、そこは趣味の世界、誰が見ていようがお構いなしです。
玉ねぎみたいな物を、皮ごと四つに切って鍋に投入、人参らしきものを、手でへし折ってさらに投入……
「この白いの何かしら?きっと塩ね♪」
と、砂糖をドバドバと入れます。
「そういえばスープが少ないかしら?そうだ、お酒を入れれば美味しくなるわ♪」
と、今度は酢をドバドバと入れましたね。
ヴィーナス様が何もいわず見つめていますが、ダフネさんは絶好調、最早周りは見えていません。
ルンルンルン……ダフネさんは鼻歌を歌いながら、お鍋をかき混ぜています。
その時、
お料理は楽しぃぃぃ♪
お母様の思い出ぇぇぇぇ♪
村娘は着飾ってぇぇぇ♪
男を誘惑するぅぅぅぅ♪
秘伝の料理を作りましょうぅぅぅ♪
畑を豊かに実らすのぉぉぉ♪
乙女の魔法をひとふりすればぁぁぁ♪
村は豊かにな・る・の・よょょょょ♪
歌いながら踊っているダフネさん、しかしヴィーナス様は何かに気がついたようなのです。
「ダフネさん、その歌、どこで覚えたの?」
「えっ!両親が歌っていたので自然に覚えたのですが」とダフネさん。
ヴィーナス様が、
「ダフネさんのご両親は、神聖教の熱烈な信者とお聞きしていますが、どのような仕事をしていたのですか?」
「農家でした、毎日毎日、畑でこの歌を歌っていましたね」とダフネさん。
ヴィーナス様が、
「ねぇ、ダフネさん、もう一度、今度は別の歌を歌って作ってみてくれませんか?」
「お願いします、ね、ダフネさん」
「はぁ……」とダフネさん。
ということで、毒薬料理はもう一回戦……でも調子の乗らないダフネさんではあります。
何とか作り上げました……
それはまごうことない危険な代物……
でもヴィーナス様は迷わず、その危険な鍋の中の物を味見します……
「あるじ殿!」
ビクトリアさんが悲鳴をあげました。
そして、
「トイレはこっちですよ!えっ、あるじ殿、なんともないのですか?」
ヴィーナス様は、
「とんでもなくまずいですが、食べられないわけではありません」
「……」
「最初の料理は違いますよ、あれは毒物です」
ビクトリアさんが、
「どうしてですか?」
と聞きました。
ヴィーナス様は、
「今の歌ですよ、あの歌は魔法が発動されるようです」
「古代レムリアの大魔道師レベル、古代の魔法です」
「もっとも、歌えば発動されるというわけではありません」
「歌い手の素質によりますが、ダフネさんだからこそ、完全な形で発動できたのでしょう」
「完全?」とダフネさんが聞きます。
ヴィーナス様が、
「そう完全な形です、あの歌は食物を肥料に変えるのです」
「それも完全無欠な肥料です、半端じゃないですね、この肥料は」
「私の料理は、肥料だったのですか……」とダフネさん。
ヴィーナス様は、
「そう、それも物凄い肥料、荒地を耕地に変えられるほどのね」
「……」
ダフネさんは思い出しました……
幼い頃……両親はダフネさんによく云っていたのです。
お母様は、
「もし、お前が大賢者になれれば、このエラムの貧しき人々を、少しでも豊かに変えるのよ」
お父様も、
「歌を忘れるなよ、もし黒の巫女様に出会えれば、必ず歌の意味が判る、先祖からそう伝えられている、いつからかは私にも分からぬのだが」
「縁ですか……お父様……」と小さくダフネさんは呟きました。
ヴィーナス様が、
「まぁ、とにかくダフネさんは料理下手でも、食べられないものを作っているわけではなかったのですよ」
「歌を歌わなければ何とかなりますよ、さて私が特訓してあげましょう」
で、その晩はヴィーナス様直々のお料理教室、そしてお手製の料理本……
勿論、ダフネさんだけではありません。
ビクトリアさんも、アテネさんもとばっちりを受けて、なれない料理をする羽目になっています。
そして、その結果は……
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