第五章 ダフネの物語 お料理教室

黒い塊


 今日もシビル神殿では異臭が漂い始めた、魔女が活動を始めたのだ……

 エラムでは知らぬものはいない大賢者ダフネの、これまたあまりにも有名なお料理が始まったのだ……

 神殿の女官たちは慌てて逃走の準備をはじめる……


 次席賢者ジジと、黒の巫女ヴィーナスの策略で、この通称『毒薬料理』の使い方が見つかったのだが……

 それはあまりといえばあまりの使い方……


 一念発起したダフネは猛然と料理の勉強をはじめるのだが……なれぬことはうまくいかぬもの……


     * * * * *


 『魔女の毒薬料理』という言葉があります。

 エラムでは有名な話で、この料理を口にした人々が確実に下痢になるからです。


 いや……一人だけ、美味しいといった女がいましたが例外中の例外、この女がおかしいとのもっぱらの評判なのです。


 この料理は美しい魔女がつくる……

 大賢者ダフネという魔女がつくる、故に始末が悪いわけですね。


 大賢者といえばエラムでは黒の巫女の次にえらい女、その女がつくる料理を誰が断れる?


 大賢者ダフネの唯一の趣味が料理というのが、状況悪化に拍車をかけています。

 黒の巫女ヴィーナス様の料理は美味というのに、ダフネさんの料理は……

 どうすれば、これほどのものが作れるというのか、まさに神業に近い代物なのです。


 今日もシビル神殿で、何やら好ましくない匂いが漂ってきました……

 『匂い』ではない、『臭い』なのです。


 おぞましいといえばダフネさんには気の毒ですが、その『おぞましい臭い』が漂いだすと、まず女官さんたちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出します。

 次に騎士や事務官などの男が逃げていく、つまり下位の断れない者たちから逃げ出していくのです。


 次席賢者であるジジさんが、

「ダフネ様、もうおやめになられては?」

 と、云いながら、その毒の臭いが蔓延する食堂にやってきました。


 ダフネさんが、

「ジジ?失礼なことをいわないで!私の料理は黒の巫女さまがお食べになったほど」


 しかしジジさんは、

「でも、そのあと下痢三昧で、おトイレをビクトリア様とダフネ様とで取り合ったと、黒の巫女様より直にお聞きしましたが」


「それは……」とダフネさん。

「現実を認識したらどうですか?」とジジさん。


 このジジさんの言葉で、今回のダフネさんの料理は生ゴミ処理に回されました。


「まったくダフネ様ったら……悪い癖だわ……でも何とかしなくては……」とジジさん。


 ヴィーナス様へ相談することにしたジジさん。


 ヴィーナス様は、

「ダフネさんにやめさすわけにはいかないでしょうね、なんといっても趣味ですから」

「でね、食べさせられる方はたまったものではありません」とジジさん。


 ヴィーナス様は、

「でもね……たしかダフネさんの料理って、毒薬といわれていましたね……ねえ、毒薬には毒薬の使い方があるでしょう?」


「……」


「ある意味、下剤にはなりませんか?」


 !


「その手がありますね……でも副作用が酷すぎませんか?」とジジさん。

「たしかに……」とヴィーナス様。

「効果を薄めては?」とジジさん。

「それなら、本当の下剤を飲めばいいことですが……」とヴィーナス様。

「そうですね……」とジジさん。


 !


「では懲罰用にどうですか?」とヴィーナス様。

「懲罰用?」とジジさん。


 ヴィーナス様が、

「そう、軽犯罪あたりに一食とか……酔っぱらいとか……治安部隊に厄介になる方々に食べさせれば……」

「それ、いいですね……」とジジさん。


 結局、ダフネさんの料理は拷問、または自白強要のためのツールにすることになりました。

 軽犯罪あたりに使用するのはもったいない、と治安機関がいったとか、いわぬとか……


 使用例を説明すると、

 治安機関が麻薬組織の一員を取り調べる際に、どーんと『黒い塊』を置きます。

 そのなんともいえない異臭に怯んだ罪人へ、

「大賢者ダフネ様の、お手製料理である、ありがたくいただくことだ」


 この時点で、大概の罪人の顔は引きつります。

 何といっても、『魔女の毒薬料理』を知らぬものは、エラムではいないのですから。


 眼の前の得体のしれない、『黒い塊』を疑うものなどいないでしょう。


「魔女の毒薬料理……」

 大概、このあたりで自白します、臭いで降参なのですよ……


 まれに頑張るものがでますが、治安警察が無理やりこの料理を口に押し込みます。

 手足が痙攣し、一日中トイレから離れられなくなります。


「まだまだあるぞ!」

 これで終わりです……

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