夏休みの気だるさ、縁側、蝉の声、蚊取り線香の煙。
最初は、ごく普通の男子高校生の夏が描かれているように感じました。進路もまだはっきりせず、部活もどこかゆるく、姉との会話も少し気まずくて、けれどそれがとても自然で、夏の空気がよく伝わってきます。
そんな日常の中に、突然現れた黒い装束の一団。
主人公が最初に惹かれたのは、たぶん「知らないもの」への衝撃であり、ひとりの少女への淡い憧れだったのだと思います。けれど、この作品が素敵なのは、その憧れがただの一目惚れで終わらないところでした。
知りたいと思う。
近づきたいと思う。
そのために、自分にできることを探す。
被服部の主人公が、自分の手でニカブを作ろうとする流れがとても印象的でした。最初は誰かに届けるためだったはずの作業が、少しずつ「本当にこれでいいのか」「相手にとって失礼ではないのか」「どうすればちゃんと使えるものになるのか」という問いへ変わっていく。
その変化が、まさに成長なのだと思いました。
相手の文化を、自分の都合のいい憧れとして消費するのではなく、失敗しながら、戸惑いながら、それでも真剣に向き合おうとする。そこに主人公の不器用さと誠実さがあって、胸を打たれました。
また、夏の終わりに近づくにつれて、個人的な憧れが、もっと大きな世界の痛みへつながっていく構成も印象に残ります。
知らなかった世界。
考えたことのなかった現実。
けれど、ひとりの人に出会ったことで、急にそれが自分の目の前のものになる。
進路というものは、最初から立派な理由で決まるばかりではなく、こんなふうに、ひと夏の出会いや、胸を揺さぶられた瞬間から始まるのかもしれないと思いました。
恋のようで、学びの始まりでもある。
青春の一場面でありながら、世界へ目を向ける入口にもなっている作品でした。
もういつのことだかも忘れてしまいましたが、遠い昔の暑い日に、なにもない夏だったと後悔したことがあったような気がします。
夏の思い出は、幸せな思い出なのだと決めつけていたので、なにもない夏を空っぽだと感じていたのでしょう。
夏に芽が出ないのは、春に種をまかなかったからだ。とか、そんな幼稚な反省をしていた記憶です。
思えば、自分のためになにかをしていたときが、一番うまくいっていたような気がします。
誰かのために。たとえば、友達が欲しいとか、女の子にもてたいとか、そう思っていたときほど空回りしていました。
人は、自分のやりたいことを追っかけてる人に魅力を感じるんでしょうね。
自分が気付くのは、いつも終わってしまった後のことですが。
そんな、アスファルトの上に立ち上がる記憶を思い起こさせる、暑いお話でした。
真冬:エアコンの効いた部屋で。