緑内障

     ☆


 二〇一五年くらいだったか、前歯がとても痛くなり、そして顔まで膨れてしまった。なんだこの顔、右目の周りと頬が厚くなった。日曜だけど、これはすぐさま歯医者に行かなければと、サングラスをして向かった。日曜の営業歯科を探し、診察して抗生剤をもらった。

 やがて腫れは引く。たぶんその時からと思うけど、右目に圧が掛かっているようになった。目のどこかに菌でも入ったのか程度に思っていた。

 二〇一七年ごろ近隣に眼科が建った。その翌年にとうとう診察した。まだ右目がおかしいことと、左より暗く、視野が欠けている部分も発見したからだ。それはネットに簡素な視野検査があったので行うと、十時から二時の上側が欠けていた。これは緑内障だろう。

 タクシー時代の頃、年二回の健診で緑内障の疑いがあるというので、眼科に行った。その時は、そうでもなかった。その後は定期検査に来てくれというが行かなかった。

 結果はやはり緑内障だった。初診料が五千円近く、眉間にしわを寄せていた。処方せんは点眼液。緑内障は治らない病気と知っている。五十も過ぎると次々病も出るのかと思うしかなかった。

 点眼液がなくなると眼科に行く。このパターンとなった。通っていると、この眼科は診察料が高いのでは、と思うようになった。なぜなら機材も新しいのでローンの支払いもある。眼科はどこもそうかもしれないけど、治らない病気なので、なんのための治療とも思うようになった。

しばらく通ったが二〇一八年中ごろから眼科へ行かなくなった。

 行かなくなったせいなのか、視力が悪くなりメガネが合わなくなった。

 二〇二〇年の三月ごろ、メガネを五千円で購入。やはり視力は落ちていた。

 それに視野もだいぶ欠ける感じがする。だが、ごまかしごまかし過ごしていた。

 

 

 二〇二一年一月初旬、眼科に行った。眼圧が気になったからだ。一通りの検査をし、診察となった。眼圧は右二二、左二三だった。やはり点眼していないため上がっていた。それに視野がかなり狭くなっていて、まさかの手術を薦めてきた。なにいっている。白内障と緑内障の手術を同時にと。タクシー時代にお客さんから白内障の治療代を聞いている。七、八万というではないいか。眼科は診療費や薬代が高く行く気は失せていた。

 今回の診療代も気になる。医者に行くと平常心ではいられなくなるのは自分だけか。待合室には自分のみになってしまった。スナックのようにメニューはないので、毎度診療費が気になる。

 そして診療代は三九一〇円。これも高いが、これくらいは予想していた。問題は眼圧を下げる点眼液代である。

 薬剤師さんから差し方など教わって、いざレシートをもらう。目が飛び出そうとはこのこと。なんでこんなに高いのさ。

 五五〇〇円也。

 気分はブルーとなるし、診療代も高い。眼科の先生は客観的になっているのか。ただ処方すればいいだろう、だがこちら側はそんな高価な目薬はいらない。だれでもそうだろうし、良心的な点眼液を製薬会社が出してほしい。行かなければよかったと後悔している。一カ月後に眼圧検査をする。とりあえず行くだろう。だが嫌気満載だった。

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