第21話 クロスの願い

 ドラゴン退治からすでに十日が経っていた。


 ゆったり三日かけて町に戻り、町長に報告に行くと、「依頼はドラゴンの足止めであり、ドラゴン退治ではない」なんてごね始めて、なんやかんや揉めたが、シャールが強く迫ってくれたおかげで、結局町長が最初に提示した報酬金額と、一人分の願いを叶えることで妥協点とした。


 仲間の皆もいろいろ考えていただろうに、一番貢献したのはオレだからって、オレの願いを叶えてもらうことになった。


 オレの願いは決まっていた。


 一ヶ月後に首都で行われる、武道大会への参加権をもらうことだ。


 武道大会は国の政策として行われ、上位入賞者は軍隊への引き抜きもある。オレはそれを狙っている。


 ミズキ達と正当に選挙をして町長になるよりも、軍で実力を認められて発言力を持つ方が、手っ取り早いと思ったのだ。


 その大会への推薦枠を、町長は持っている。オレはそれをもらう。


 そうとなれば準備が必要だ。

 オレはそのための買い物をして、借りている部屋へ戻るところだ。


 抱えた買い物袋の中身の一つを思い浮かべる。いやー、良い買い物をした。ずっと探していた理想の黄色の塗料を見つけたのだ。これで金剛ヴァジュラのカラーリングをより凝ったものにできる。あそこの縁取りをこの黄色にして……。なんて考えながら帰っていた。


 最近気付いたのだが、商店街から細い路地を通り、小さな公園を横切れば近道になるのだ。人気のない公園を金剛ヴァジュラの完成形を想像しながら歩き、思わずスキップをしていた。そんなとき、


「おい小僧、ちょっと待ちな」


 公園の出口のわきから、一目で極悪人とわかる風貌の男が現れた。失敗した。やっぱり黒のマントにフード姿でスキップなんかしちゃダメだったんだ。


「てめーがクロスって奴か。俺達の手柄を横取りしたらしいな」


 は? なんのこと?

 そんな戸惑いの間に、一体どこに隠れていたのか、男の仲間らしい奴らがワラワラ出てきた。合わせて八人か。


「顔に泥を塗られて黙ってられるほどダムド……」

「え!? アナタ達、ワタシの姿が見えるんですか!?」


 突然のオレのセリフに、男達は理解が追いつかない。


 しまった、これは夜道で髪の長い女性が使ったときにだけ、不審者から逃げるのに有効な方法だった! 昼間に男のオレでは意味不明だ。


「なんのことだかわからねーが、てめーをぶちのめさん限り、俺達ダムドダ……」

「うわーー! オレの右目に封印された竜殺しの力の封印が! 封印となって力が解放されようとしている!」


 次に試したのは、「やべ、コイツ関わったらダメなヤツだ」と思わせて追い払う方法だ。とっさすぎておんなじ単語を何度も言ってしまった。


「ほぅ、だったら見せてもらおうじゃねーか。その力が本物かどうかな!」


 極悪人が構える。

 よく考えたら、「だれでもいいからカツアゲしたろ」っていう相手のときに使うべき手段だったな。さっきオレを名指ししてたってことは、オレ自身がどんな奴かは関係ないんだ。意味ない。ただ恥ずかしかっただけじゃないか。


 ところで、それならコイツらは一体なんでオレに絡んできたんだ? 人から恨みを買うほど人付き合いは多くないんだが。


『羽毛ある蛇神ケツアルカトル!』


 飛翔魔術を起動。上げた右手の上に、防風の結界を集中させて渦巻く風を作る。


 周りの男達が身構える。

 それを見ながら徐々に上昇。


「我が力の一欠片、キサマらに耐えられるかな」


 オレの言葉に防御を固める男達。それを見る限り、案外強力な防御魔術を使用している奴もいる。意外と強いんじゃないか、コイツら。


 そんな男達を見下ろしながら、オレはさらに上昇する。もっと上昇する。ずっと上昇する。一気に上昇する。


 そして、肉眼で個人を判別不可能なほどの高度に至ったところで止まる。

 そう、こっちには、相手をしてやる義理はない。


 飛翔魔術を使うと、格好いい輝く魔法陣の翼が目立ってしまうので、いったん解除。オレは自由落下しながら受ける風圧を調整して、少し離れた目標地点へと降下する。


 買い物袋から大事な物が飛び出さないよう気をつけながら。



「いらっしゃーい」


 アマリンの元気な声が心地いい。

 まっすぐ部屋へ戻るとまた鉢合わせしそうだったので、いったんアマリンの家の食堂に待避。


 すると、店の奥の方の席から、オレに向けて手を挙げる人影。


「あれ、シャールじゃないか」


 シャールが、ミズキとメラルドと一緒のテーブルに着いていた。珍しい。


 こっちに戻って来たときにわかったのだが、シャールは町長の部下、というわけではないらしい。たまたま居合わせて雇われただけで、元はフリーの冒険者なんだそうだ。


「聞いたよクロス君、君たちも武道大会に参加するんだって」

「も、っていうことは、シャールもなのか?」

「ああ、元々そのために首都に向かっている途中だったんだ。それで、どうせだったら一緒に行かないかと思ってね。相談していたところなんだよ」


 なるほど、シャールは意外と話せる奴だとわかったし、一緒に行くのはやぶさかではない。けど、一つ訂正しなければならない。


「武道大会に参加するのは」


 オレだけ、そう言う前に、ミズキが割り込んだ。


「まだ1ヶ月はあるわけじゃない? せっかくだから、ちょっと寄り道しながら観光していくのはどうかなって」


「わたしもお店をしばらくお休みしても大丈夫ですし、この際名所巡りしたいなぁって。あ、わたしは大会は参加しませんけど」


 続くアマリンに、隣のメラルドが頷く。


「え、お前らも行くつもりなの?」


 しかもミズキとメラルドは大会にも参加するつもりのようだ。


「クロスが出たいって言ったんじゃん?」


 それは、一人でってつもりで。


「え? でも(テロ)活動はどうするんだ?」

「武道大会優勝ってなったら、そっちのが箔がつくじゃん」


 ミズキのイヌ耳がピコピコ動く。可愛い。

 強烈なクスリの副作用で、そのうち治るけどしばらく残るらしい。害はない。


 いやいやそんなことより、いいのかそれで。


 ミズキもメラルドも思いの外高位の術師だし、大会に出れば意外といい線いくかもしれない。いや、そういうことじゃなく。もう想定外すぎて、何を考えればいいのかわからなくなってきた。


 変なチンピラにも絡まれるし、今日はいったいなんて日だ。


 待てよ、あのチンピラ、オレを名指しで絡んできたな。この町でのオレの行動範囲なんて、ほとんどこのメンバーと一緒なんだから、なんだかんだ巻き込まれる可能性あるな。この際一緒に遠出するのもありかもしれない。


 しょーがねーな。賑やかなのも、悪くないか。

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